(筆洗)ジーン・ハックマンさん(87)のつらい過去 - 東京新聞(2017年5月5日)


http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2017050502000116.html
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通りで友人と遊んでいたら、父親が車で通りかかった。こっちに向かってなにか手を振っているようだ。父親はそのまま、二度と帰ってこなかった。
映画「俺たちに明日はない」「フレンチ・コネクション」などのベテラン演技派俳優で二〇〇四年に引退を表明したジーン・ハックマンさん(87)のつらい過去である。十三歳の時、父親が突然、家を出ていった。
少年には受け入れがたいほど大きな悲しみが残った。この出来事を十年ほど前のインタビューで聞かれた時、涙で絶句した。屈強なタフガイの印象のあるアカデミー賞俳優はしょんぼりとこう言い訳した。「失礼。たった六十五年前の出来事なので…」
どれほどの歳月が流れようとも子どもの受けた痛みは消えにくく、昨日の出来事のように感じられるものだろう。六十五年という時間でさえも、その俳優にとっては「たった」。悲しみを忘れるには、十分な時間でなかった。
こどもの日である。「こどもの人格を重んじ、こどもの幸福をはかるとともに母に感謝する」のがその趣旨だが、それとは程遠い子どもを巡る日本の現状である。虐待やいじめは後を絶たず、子どもが犠牲となる事件も相次ぐ。子どもの痛みは増えている印象さえある。
子どもの安全安心と心の安寧のため大人に何ができるかを絶えず考え続けたい。すべての子の「六十五年後」のためである。