https://mainichi.jp/articles/20200414/ddm/001/070/128000c
http://archive.today/2020.04.14-004929/https://mainichi.jp/articles/20200414/ddm/001/070/128000c
東京・新宿の西へ一直線に延びるJR中央線沿線は、街々に個性的な古書店がきら星のごとく点在する。各駅停車を乗り継いで好きな店を渡り歩く習癖を、古本好きは照れ隠しで「古書巡礼」になぞらえる。
今月初め、巡礼者たちに衝撃が走った。荻窪の名店「ささま書店」が店を閉じたのだ。告知が4月1日だったのでエープリルフールを願うファンもいたが、悪夢は現実だった。店主によると、5月連休明けの予定をコロナ騒動で早めたという。
車窓から線路沿いの黄色いビニールひさしに「広くて楽しい古本屋」の文字が見えると、古本好きの胸は高鳴ったものだ。ささまは中央線古本界の太陽であり出撃基地だった。ああ、今日はどんな掘り出し物が棚の隅で私を待っているのだろう。
32年前の開店時、商店街から外れた立地や、市場で良書を大量に仕入れ安値でどしどし売るスタイルは斬新だった。同業者は「ささま詣で」を重ね、地方の古本通も神田神保町より荻窪へ向かうと言わしめた。
単なる「売らんかな」商法ではなく、エロ本や自己啓発本やビジネス書は置かない。扱うのは文学・歴史・哲学・宗教・芸術の専門書中心。およそ生産性や実用性とは縁遠い本を並べていたのが、正統な本好きに支持されたゆえんだろう。
大学で人文系が虐げられ、古書界の値付けがネット売買に荒らされて、ささまも苦戦を強いられた。昭和の終わりに開いた店を、令和の初めに閉じたのも因縁か。平成の良き庶民文化が一つ、ひっそり姿を消した。