週のはじめに考える 民主化で生き延びよ - 東京新聞(2019年6月2日)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2019060202000153.html
https://megalodon.jp/2019-0602-0848-39/https://www.tokyo-np.co.jp:443/article/column/editorial/CK2019060202000153.html

独裁など強権的な政治から民主化に転じていた東南アジアの国々で、じわじわと“逆行”が進行中です。地域と国際社会への悪影響が懸念されます。
二十世紀後半、東南アジアには独裁の国がいくつかありました。
代表されるのは、インドネシアスハルト元大統領でしょう。国の実権を三十二年間も握りました。西側諸国の支援で開発を進める一方で、共産主義者らを数十万人以上も殺害するなどの強権手法で国の統一維持を図りました。

スハルト氏らの独裁者
旧宗主国オランダ領の大小一万三千余の島が第二次大戦後ほぼそのままインドネシアとして独立しました。民族が約三百もありバラバラになる危険性をはらみます。軍出身のスハルト氏は軍事力という“たが”で抑えつけたのです。
アジア経済危機を引き金に、スハルト体制は一九九八年に崩壊。長期独裁の反省から、大統領は一期五年で三選禁止になりました。民主化は、今年の大統領選で、軍人経験のない文民のジョコ氏が再選されて定着したかに見えます。
しかし、敗れた相手(元軍人)の陣営による抗議デモで死者が出て、数百人が逮捕されました。毎週のようにデモと暴動が起きたスハルト末期をほうふつさせます。「場外乱闘」の時代に逆戻りしてはいけません。
ミャンマーでは、軍政が半世紀以上続きました。九〇年の総選挙で、アウン・サン・スー・チーさんが率いる民主化勢力が勝ったものの軍政に弾圧され、二〇一五年の総選挙でようやく政権を手にしました。

ロヒンギャへの無策
延べ十五年間も自宅軟禁されたスー・チーさんは国家顧問という実質的な最高指導者になりましたが、少数民族ロヒンギャ弾圧への無策が目立ちます。軍部のほか、民主化勢力を含めた仏教国ミャンマーの国内世論が、イスラム教徒のロヒンギャに冷たいからです。
スー・チー国家顧問には、欧米などから「民主活動家ではなかったのか」と非難が寄せられています。ロヒンギャの一部がイスラム過激派に取り込まれているといいます。人道上も安全保障上も放置できません。昨年、マレーシアの首相に返り咲いたマハティール氏(93)は「ミャンマーに当事者能力なし」と、東南アジア諸国連合ASEAN)主導での解決を訴えていますが他国は消極的です。
マルコス元大統領が二十年間独裁を敷いたフィリピンでは、その後、大統領は一期六年で再選禁止になりました。今のドゥテルテ大統領は今月、就任から三年の折り返し点。五月の中間選挙で圧勝しました。マルコス氏より後の大統領は、おおむね穏健な人物が続いたものの、ドゥテルテ氏は別。麻薬容疑者の数千人が死亡するなど捜査は強権的です。それが「治安向上に役立っている」と高い支持につながっているのは皮肉です。
タイでは軍政から民政へ移管するための総選挙が今春あり、まもなく組閣です。軍政に有利な選挙制度などにより、「軍政時代の暫定首相の続投」が濃厚。軍政からの脱却は難しそうです。
カンボジアではフン・セン体制が三十年以上続き、上下院は与党が独占。七〇年代のポル・ポト派による大虐殺のような事態は起きていないものの、健全な国家運営とは言い難いでしょう。
シンガポールは経済では世界に門戸を開いている半面、政治は人民行動党の独裁が長く続き「明るい北朝鮮」と揶揄(やゆ)もされます。
いずれも、国同士の「一触即発」の状況ではなく、スハルト末期のインドネシアのように、在留邦人を巻き込んだ社会不安に達しているわけでもありませんが、民主化の道を歩まないのは寄り合ってこそ真価を発揮するASEANの維持にマイナスです。
ASEANは六月下旬に首脳会議、夏には日米中ロなども参加するASEAN地域フォーラム(ARF)など各種の会議を開きます。大国を交えて東南アジア地域の安全保障を話し合うのです。
米中貿易戦争をはじめ、今の国際社会は「協調路線」の存在感が薄まり、国内の反対勢力の声に耳を貸さない傾向もあります。

◆踏み荒らされるな
「巨象に踏み荒らされぬよう生き残りを目指す草」。ASEANの高官は、ASEANをか弱い“草”に例えるそうです。国際政治学者の鈴木隆(りゅう)・名古屋学院大教授が解説します。「巨象(大国)同士が争わず仲良くなり過ぎず、バランスの中で地域の安定を目指すのがASEANの狙いです」
中国を牽制(けんせい)し米国とも近づき過ぎない-。夏の各種会議は、ASEANの団結を強める民主化とともに発展・拡充してきました。この取り組みを続けるためにも民主化をバックさせてはいけません。日本もお手伝いしたいものです。