取り調べ可視化 冤罪防止へ拡大すべきだ - 琉球新報(2019年6月2日)

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裁判員裁判事件などについて、取り調べの全過程の録音・録画(可視化)を義務付ける改正刑事訴訟法が施行された。冤罪(えんざい)の防止に向けた一連の刑事司法改革に基づくものだ。冤罪の根絶へ一歩前進したが、依然課題が多い。
刑事司法改革は、2010年に発覚した大阪地検特捜部の証拠改ざん隠蔽(いんぺい)事件を受けて発足した「検察の在り方検討会議」や法制審議会で議論が進められ、16年5月に改正刑訴法と改正通信傍受法が成立した。18年6月には司法取引も導入されており、今回で一連の制度が全面施行されたことになる。
密室での取り調べで虚偽の自白を強要し、客観的証拠が不十分なまま立件する―。自白偏重の捜査とそれをチェックできない司法の在り方が冤罪事件を生み出し、多くの人の人生を踏みにじってきた。刑事司法改革は当然ながら、こうした過ちを繰り返さないためのものであるはずだ。
だが可視化を義務付ける対象は、殺人や傷害致死などの裁判員裁判事件や検察の独自捜査事件に限定されている。逮捕や勾留前の任意の取り調べなども含まれておらず、取調官が十分な供述を得られないと判断した場合は実施しないなどの例外規定もある。
日弁連が指摘するように、取り調べの適正確保に録音・録画が必要であることは事件の重さや種類に関係ないはずである。全ての事件で供述に至る全過程に可視化を導入することが望ましい。
可視化は裁判員裁判制度の導入議論をきっかけに捜査機関で試行が始まった経緯もある。当初は可視化に否定的だった検察は試行後、映像が有罪立証の「武器」になるとして公判で積極的に活用する姿勢に変わった。これには注意しなければならない。
そもそも可視化は、供述調書の内容が容疑者の自由意思に基づくものかどうかを事後にチェックするためのものだが、捜査の全過程が対象となっていない現状においては、当局が都合のいい映像だけを犯罪事実証明の「実質証拠」として裁判で利用する可能性は否定できない。
栃木県で05年に起きた女児殺害事件の裁判員裁判では、殺害自白の映像が議論となったが、東京高裁判決(18年)は映像から有罪を直接的に認定するのは違法だと判断している。公判での映像使用は慎重であるべきだ。
今回、捜査のために電話やメールを傍受する際、通信事業者の立ち会いが不要になる改正通信傍受法の規定も施行された。これも極めて問題含みであり、当局による乱用やプライバシー侵害の恐れは消えない。他人の犯罪解明に協力する見返りに自分の刑事処分を軽くしてもらう司法取引についても、新たな冤罪を生む危険性をはらんでいる。
冤罪をなくすという改革の原点を踏まえ、望ましい制度の在り方に向けて見直しの議論を進めるべきだ。