(斜面) 作家の寮美千子さんが9年間にわたり、奈良少年刑務所で続けた詩の授業での出来事 - 信濃毎日新聞(2019年5月12日)

https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20190512/KP190511ETI090005000.php
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少年の頭には父にバットで殴られた傷痕があった。不明瞭でなにを言っているのか分からない。何度か声をかけると聞き取れるような言葉を発した。「空が…青いから…白を…えらんだのです」。「くも」と題した自作の短い詩だった

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作家の寮美千子さんが9年間にわたり、奈良少年刑務所で続けた詩の授業での出来事だ。息を詰めるように聞いていた仲間たちは一斉に拍手を送った。すると、ふだんはほとんど口を開かない少年が「ぼくのお母さんは今年で7回忌です」と話し始めた

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父親に殴られてばかりだった母を守ってあげられなかったこと。亡くなる前に母が「つらくなったら空を見てね。わたしはきっとそこにいるから」と言ってくれたこと。そして「お母さんの気持ちになってこの詩を書きました」と。寮さんは涙をこらえるのがやっとだったという

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刑務所には少年から26歳未満の成年を収容していた。虐待などでコミュニケーションに困難を抱え、犯罪に走った青少年たち。人前で自作した詩を読み「受け止めてもらえた」という経験が彼らを「奇跡」のように変える。少年が犯した罪は殺人だった

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寮さんは授業を紹介した著作「あふれでたのはやさしさだった」で「重い罪を犯した人間でも、心の底に眠っているのはやさしさなんだ」と記している。収容された理由はさまざまで根深いだろう。それでも母の愛を信じることができれば、きっとやり直せると思いたい。きょうは母の日。