週のはじめに考える 国会よ、忘れては困る - 東京新聞(2019年5月12日)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2019051202000138.html
https://megalodon.jp/2019-0512-1000-15/https://www.tokyo-np.co.jp:443/article/column/editorial/CK2019051202000138.html

国会は後半論戦に入りましたが、重要な問題が置き去りです。いまだ原因が分からない国の統計不正問題です。このまま放置されていいはずはありません。
統計制度を支える専門家の気概を感じる動きがインドでありました。現地報道では一月、統計機関幹部が辞任した。辞任は、失業率上昇を示すとみられるデータの公表を政権が遅らせていることへの抗議だといいます。今は総選挙の真っ最中です。雇用創出を訴え政権に就いたモディ首相にとっては不利になる統計のようです。
国民に必要な統計情報なら時の政権とも対峙(たいじ)して公表を求める。日本は、統計制度へのこうした誇りを失っていないでしょうか。

◆統計は社会映す「鏡」
統計は社会の課題を可視化し、わが身を映す「鏡」の役を果たします。日本でも統計によって発見された社会の実相があります。
「子どもの貧困」です。
経済成長した社会では長らく貧困は存在しないととらえられてきました。ですが食事も満足に取れない子どもたちがいる事実が指摘されだすと、民主党政権時に子どもの貧困率を示しました。
二〇〇七年調査で14・2%、七人に一人が世帯年収百三十万円以下で困窮している事実は衝撃とともに知られました。
ところが政府統計の信頼性を揺るがす厚生労働省の毎月勤労統計不正が発覚しました。
一八年一月から、統計の調査手法を変えたことで賃金が上振れした。アベノミクスの成果を強調したい安倍政権の関与があったのではないかと疑われています。
もっと根本的な疑問は〇四年から、決められたルールに反する手法に変えていました。結果、統計への信頼を低下させたばかりか、雇用保険の失業給付などが過少になる影響もでています。

モリカケもどこかへ
しかし、誰がどんな動機で不正を始め、なぜ長年放置され、その後復元を始めたのか。ここが不正の核心ですが、分からない。
政府の調査は形ばかり、組織の問題など真因に迫れていない。
行政を監視する肝心の国会の調査もおぼつかない。
政権はキーマンの国会招致や資料提供などを小出しにして野党の追及をかわし続けました。野党も政権の関与の有無ばかりに関心が集中し、統計行政のあり方の議論は深まりませんでした。
連休明けの国会では追及の声は影を潜めました。野党が衆院に対し、政府に必要なデータを出させるよう要請しましたが、解明につながるか不明です。
政府が国民にとって重要な統計を生かせなかった事例は日本も経験しています。
太平洋戦争に向かう時代、専門家らが圧倒的な米国との国力差を統計で示しましたが、当時の軍部は軽視したとされます。
今回の不正でも政権が利用したのか、実態はどうなのか決着はついていません。国会は学ぶべき歴史を忘れていないでしょうか。
国会で解明されていない問題はまだあります。
森友学園への大幅値引きによる国有地売却は財務省の公文書改ざんまで発覚しましたが、政権の関与は不明です。加計学園問題も安倍首相の友人への厚遇が疑われていますが、疑惑のままです。
国会の行政監視とは、官僚機構が法律を誠実に執行しているか、その働きぶりを見張ることです。そうなっていないとしたら政治が官僚を統制できていないことになる。与党にとっても捨て置けない重大事です。国会の役割を与党も自覚すべきです。
統計に話を戻します。
政府統計はいわば公共財です。
その重要性に早くから気づいていた人がいました。紀元前を生きた哲学者、ソクラテスだと明治期の教育者、新渡戸稲造が指摘しています。宮川公男(ただお)・一橋大名誉教授が著書「統計学の日本史-治国経世への願い」で紹介しています。
政治の役割を富国強兵だと言う政治家志望の青年との対話でソクラテスがその具体策を問いますが、青年は答えられません。
「『お前は何も知らぬではないか。それで富国強兵はできるか。政治の任に当ったらば兵の員数、富国の方法、財源など腹案がなければならぬ。街を歩き回ってなどいないで内に引込んで各国のことを調べたらよかろう』とソクラテスはいった」
統計の役割を言い得ています。

◆歪んだ姿を正さねば
十七世紀になると欧州で統計学が生まれました。そこから先人たちは鏡を磨き精度を高めてきた。
不正の再発防止はその原因解明が行われてこそ可能です。国会は独自の調査委員会を設けるなど手だてがあるはずです。
鏡を磨き直し歪(ゆが)んだ政府の姿を正さなければなりません。