(斜面) 「人間の安全保障」を提唱したインド出身の経済学者 - 信濃毎日新聞(2019年11月21日)

https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20191121/KT191120ETI090003000.php
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「人間の安全保障」を提唱したインド出身の経済学者アマルティア・センさんの原点は、11歳で遭遇した事件にある。英国による統治が末期に入りインド各地で暴動が頻発していた1944年。センさんの家に男性が転がり込んできた

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出血が激しく水がほしいと訴えた。父親が病院に運んだが助からなかった。男性はムスリムイスラム教徒)で日雇い労働に向かう途中、見ず知らずのヒンズー教徒に襲撃された。セン少年は困惑した。ムスリムという理由だけでなぜ殺されるのか、と

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センさんの自問自答はやがて「アイデンティティー」の問題に行き着く。人々は本来、多様な特性を持ち帰属意識を抱く集団も複数ある。宗教や人種の対立では特定の集団にのみ属しているような幻想を信じ込まされる。敵対する集団への暴力に駆り立てる扇動者の技によって…

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著書「アイデンティティと暴力」を読みながら、最近の「嫌韓」「反日」に似通うものを感じた。日韓双方の人々が「韓国人」「日本人」と単一の属性で決め付ける風潮だ。個人同士が通い合えば理解できることも共感できることも吹き飛んでいないか

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2001年の米中枢同時テロを受け、センさんは取材に答えている。多様な人のアイデンティティーの基本は、人間であること、動物を含めた生類の一員であること。さまざまな連帯から人生の豊かさをくみ取って対立や暴力を克服していこう、と。今もなお響き続けるメッセージである。