緊急事態を宣言 人権制限を前例にするな - 信濃毎日新聞(2020年4月8日)

https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20200408/KT200407ETI090005000.php
http://archive.today/2020.04.08-010210/https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20200408/KT200407ETI090005000.php

安倍晋三首相がきのう、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、緊急事態を宣言した。
改正特別措置法(新型コロナ特措法)に基づき、東京など7都府県が対象になる。安倍首相は国会で「国民の命と健康を守ることを第一に、感染拡大防止の取り組みを徹底する」と述べた。
発令に伴い、外出自粛や大型店舗の使用制限の要請に法的根拠ができる。使用制限の指示は対象の施設名も公表され、事実上の強制力を伴う。一定の効果があるとしても、制限される私権の範囲は幅広い。宣言は劇薬でもある。
ドイツのメルケル首相は3月の演説で「旅行や移動の自由の制限は、絶対的に必要な場合のみ正当化される」と述べている。
今回の人権制限を「国民の命を守る」ための特例と位置付けて、「前例」としてはならない。
「感染防止」を大義名分とした制限の濫用(らんよう)も懸念される。
使用制限の要請対象は拡大しつつある。法律上は原則として床面積が千平方メートルを超える施設に限定されている。ただし、宣言を受けて厚生労働相が認めれば小規模施設も含められる。
政府はこの規定を使い、対象施設を拡大する検討を始めた。使用制限を求める場合は、不可欠な措置なのか慎重な検討が必要だ。休業で施設が受ける影響にも十分に配慮しなければならない。
不安の高まりに乗じ、緊急事態条項の新設など、改憲論議に結び付けようとする動きも警戒せねばならない。
緊急事態条項は武力攻撃や大災害に際して、権限を政府に集中させる根拠となる。例外的な状況を理由に憲法を無効化し、歯止めが利かない強大な権限を政府に与えかねない。
きのうの衆院議会運営委員会で安倍首相は「国家や国民がどのような役割を果たして国難を乗り越えていくべきかを、憲法にどのように位置付けるかは極めて重く大切な課題」と述べ、国会の憲法審査会での議論を促した。
自民党内には1月末ころから、条項の新設を求める声が出ている。伊吹文明衆院議長は「公益のために個人の権限をどう制限するか。憲法改正の実験台」とまで述べている。下村博文選対委員長は「議論のきっかけにすべきだ」と講演で語った。
自民党衆院憲法審査会を9日に開催することを野党に提案した。混乱が続く中では議論をゆがめる。感染拡大を改憲論議に利用することは認められない。