(余録) 萩原健一さんの自叙伝「ショーケン」によれば… - 毎日新聞(2019年3月30日)

https://mainichi.jp/articles/20190330/ddm/001/070/138000c
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萩原健一(はぎわら・けんいち)さんの自叙伝「ショーケン」によれば若いころにベトナム反戦のデモに加わり、機動隊につかまったことがあるという。ザ・テンプターズなどでの歌手活動をやめ、映画製作で身を立てようとしたころだ。
左翼思想も何も知らなかったが、不満が体中に鬱積(うっせき)していた時代だったという。後の大麻所持や恐喝未遂事件などに先立つ最初の逮捕ということか。後年、右翼の大物・田中清玄(たなか・せいげん)にほれ込んで、映画化をはかった逸話(いつわ)も思い出される。
傷だらけの天使」で共演した岸田今日子(きしだ・きょうこ)は「そのうちカルト教団にでも入るんじゃないか」と本当に心配してくれたという。カルトではないが、突然マザー・テレサに会いにインドへ行き、チャリティー公演を開いたこともあった。
何ともいえぬ危うさをはらんだキャラクターは黒澤明(くろさわ・あきら)はじめ多くの映像作家に愛され、人々の時代の記憶となる演技を任せられた。グループサウンズが嫌で捨てた音楽の世界にも帰還し、自在なライブ活動で新旧のファンを喜ばせた。
「落下していく自分と、上っていく自分というのはねえ、紙の表と裏なんだよね。実に破けやすい、薄いものなんですよ。その関係の中で人生は帳尻が合うようになっている」。還暦を迎えた際のインタビューで語られた感慨である。
ボブ・ディランの歌だったか、「アウトローで生きるには、誠実でなければならない」という言葉が頭をよぎる。愚直なまでのきまじめさでそれを貫き、人々と時代に愛される運命が今まっとうされた。