(余録)大正時代の童謡「背くらべ」を聞けば… - 毎日新聞(2018年5月5日)

https://mainichi.jp/articles/20180505/ddm/001/070/099000c
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大正時代の童謡「背くらべ」を聞けば端午(たんご)の節句の様子が目に浮かぶ。<柱のきずはおととしの五月五日の背くらべ>。歌詞にはかわいい弟への思いが込められている。
2月に亡くなった作家、石牟礼(いしむれ)道子さんのエッセー「食べごしらえ おままごと」にも幼い弟とのその日の思い出が記されている。2人で父に連れられ、田んぼにショウブの葉を切りに行った。父はそれを弟の頭に巻いてやる。「丈夫になるごつ、大将になるごつ」と。
昭和の初め、熊本の家庭の光景だ。めったにわがままを言わないおとなしい弟がこの日ばかりははしゃいでいる。石牟礼さんはそれがうれしかった。弟は家族に囲まれ、祝いのごちそうが並ぶうたげが始まる。
きょうのこどもの日、誰もが祝ってもらえるだろうか。今の時代はそう心配する大人も多いはずだ。子供の貧困が広がる中、無料や低額で食事を提供する「子ども食堂」が今や全国で2286カ所まで増えた。家族でなくても、大人に見守られて食事をすることがいかに大切か。
童謡の「背くらべ」の歌詞は<ちまきたべたべ兄さんがはかってくれた背のたけ>と続く。石牟礼さんの家では母がちまきの代わりに「黒蜜カステラ」をこしらえた。特別な日のごちそうは、それぞれの家にある。
祝いのうたげに退屈したのか、弟はやがて眠り込む。石牟礼さんは「母が大切なものを急いでしまうように寝床に抱えてゆくのが常だった」と書いている。子供の幸せとは。きょうはそれを考える日でもある。