(筆洗)名優が亡くなった。加藤剛さん。 - 東京新聞(2018年7月11日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2018071102000143.html
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司馬遼太郎の『関ケ原』で描かれる石田三成切れ者だが、どうも、不器用な人物である。よく言えば、真面目で筋が通っている。悪く言えば、融通が利かぬ。そして関ケ原で大敗する。
ドラマ「関ケ原」で三成を演じた俳優のところに母親から電話がかかってきた。「わたしは辛(つら)いよ。切なくて口惜しいよ。かわいそうで涙がとまらんけよ」と泣く。「どう見てもおまえの方に理があったに」。三成本人をつい混同させてしまったその名優が亡くなった。加藤剛さん。八十歳。
持って生まれた面白みをフラというが、この人には持って生まれた、生真面目さと悲しみがあった気がする。
決して不快な悲しみではない。人間のどうしようもない悲しみを理解し、いたわる、温かい悲しみとでも言うのか。だからその人が演じた三成に、暗い過去を必死に隠すため人を殺(あや)めた「砂の器」の和賀英良に見る者は泣かされた。
当たり役の「大岡越前」。大岡裁きに子を奪い合う女の話がある。一人は強く手を引く。もう一人は子が痛かろうと手を放す。越前は手を放した方を実母と認めた。
加藤さんも痛みと悲しみにその手を放す方なのだろう。「人の痛みがわかる人間になりなさい。他人の為(ため)に涙を流せる人になりなさい。そうすれば、世の中に戦争という愚かなものは無くなるから」。そう教えてくれたとは、ご長男のコメントである。