(余録)是枝裕和監督の「万引き家族」は… - 毎日新聞(2018年5月23日)

https://mainichi.jp/articles/20180523/ddm/001/070/045000c
http://archive.today/2018.05.23-011158/https://mainichi.jp/articles/20180523/ddm/001/070/045000c

是枝裕和(これえだ・ひろかず)監督の「万引き家族」はカンヌ映画祭で「MANBIKI KAZOKU」のタイトルだったから、「マンビキ」は国際語になるかもしれない。過去にベネチア映画祭黒澤明(くろさわ・あきら)監督の「羅(ら)生(しょう)門(もん)」の例がある。
ラショーモン・エフェクトは、一つの出来事をめぐり矛盾する見方が併存する現象を指す国際的な心理学、社会学用語という。むろん一つの殺人に四つの異なる証言がなされる映画に由来する。原作は芥川龍之介(あくたがわ・りゅうのすけ)の小説「藪(やぶ)の中」だ。
「真相はやぶの中」のたとえの方が日本人にはなじみ深いだろう。世の中には自分の支配下にある「やぶ」を利用して立場を守ろうとする人々がいる。たとえば、アメフットの試合の悪質なタックルをめぐる指導者の責任問題である。
何とも痛々しい空気のなかで行われた当の日大の選手の記者会見だった。当人は危険行為への責任を認めて謝罪しつつ、相手選手への害意のあったこと、それが監督・コーチらの指示と圧力にもとづくものだったのを赤裸々(せきらら)に語った。
日大の監督は辞任しながらも反則のいきさつには口をつぐみ、大学の常務理事にとどまっている。今回の選手の告白によって真相を覆い隠してきた「やぶ」はだいぶ小さくはなったが、この先は警察の捜査に委ねられるしかないのか。
どんな証言や文書がでてこようと真相をうやむやにする“力(ちから)業(わざ)”といえば、最近別のところでもあったような……。この国の言葉にもとづく相互信頼を根底から壊していく権力者の「やぶ」である。