戦前に向く自民党の憲法24条改正案「女性は家の中で…」 - NEWSポストセブン(2017年12月1日)

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9条ばかりが注目されている安倍政権の憲法改正案だが、彼らの狙いはそれだけではない。希薄な家族関係、晩婚化、少子化…その全ての鍵を握る「女性の生き方」を、国家主導で戦前回帰させようとしているのだ。
71年前、日本国憲法の草案に「男女平等」を初めて書いた1人の女性がいた。ベアテ・シロタ・ゴードンさん(享年89)というアメリカ人女性だった。彼女の父親は有名ピアニストのレオ・シロタ。1928年に家族で来日し、5才から15才まで日本で暮らしたベアテさんは、日本文化に精通していた。アメリカに帰国後、大学で日本語のほかスペイン語、フランス語など6か国語を学び、米誌『タイム』の調査記者から占領軍に志願。GHQに配属され、わずか22才で憲法草案のメンバーに抜擢された。
戦前の大日本帝国憲法には、女性の権利について定めた条文は一つとしてなかった。封建的社会で過酷な人生を歩む女性を目の当たりにしてきたベアテさんは、「男女平等」の文言を新憲法の条文に入れるべく奮闘。男女平等、男女同権から妊婦と乳児の公的保護、教育の拡充、児童の不当労働の禁止、長男の単独相続権の廃止などを盛り込んだ、憲法草案を作成したのだ。
ベアテさんが作った草案の大部分は削られてしまったが、根幹をなす2つの条文は残された。それが以下の憲法24条だ。
《婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない》
《配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない》

◆結婚制度が「家と家のもの」に戻ってしまう
ベアテさんはアメリカに帰国後、2012年に亡くなるまで、現地で日本文化を発信し続けた。画家の棟方志功や茶道の千宗室を多くの欧米人に知らしめたのは彼女の功績とされている。ベアテさんと生前親交があり、彼女の半生をテーマに舞台『真珠の首飾り』を制作した演出家のジェームス三木さんが語る。
「1998年、『真珠の首飾り』の初演を、ベアテさんが見に来てくれたんです。カーテンコールでは彼女にも舞台に上がってもらい、お客さんはみんな大喜びでした。もちろん、われわれにとってもサプライズ。彼女に会ったのはその時が初めてです。『私は劇中ほどたばこを吸わないわよ』なんて流暢な日本語で冗談を言われましたが(笑い)、『実際にあったことをよく再現している』とお褒めの言葉もいただき、本当に嬉しかった」
これを機に、ベアテさんが来日するたびに会うようになったという三木さん。
「彼女はシャンパンが好きで、私の自宅に来たときも、新宿のホテルのお気に入りのバーに行ったときも、いつもシャンパンを飲んでいました。どんな人にでも平等に接するし、政治に関する意見もはっきり言う。その後も日本の女性の権利問題をずっと気にかけていた。私は大まじめに、ベアテさんこそノーベル平和賞にふさわしいと思ってきました。彼女は男女平等の概念を日本に産み落とした母親なのですから」
しかし今、自民党はこの24条を改正しようとしている。同党の憲法改正推進本部が発表した24条改正案は次の通り。
《家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない》
《婚姻は、両性の合意に基づいて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない》
《家族、扶養、後見、婚姻及び離婚、財産権、相続並びに親族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない》
唐突に登場する「家族を大切にせよ」という新たな条文。加えて、現行の24条で「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立し」と定める部分が、「両性の合意に基づいて」に修正。「のみ」が削られる形となった。財産権や相続権に関する条文にも、「家族」「扶養」「後見」といった文言が加筆されている。この改正案の意味するところを、女性の権利問題に詳しい弁護士の打越さく良さんが解説する。
「社会を家族単位で規定しようとする思想で、『個人』を骨抜きにする意向が透けて見えます。新たな条文は、とりわけ女性へ向けたものでしょう。個人を尊重し、女性が社会に出ていつまでも結婚しなければ、『家族』がなくなり、子供も生まれず、ひいては次代の労働力がいなくなる…。そんな懸念のもと、改憲派は家族主義にこだわっているように思えます。『女性は家の中で役割を果たしなさい』と。夫婦という横の繋がりよりも、祖父母、父母、子供という血族の流れを重視し、夫は働き、妻は良妻賢母として家に尽くし、子供を産んで育てるという構図を再び作りたいのでしょう。ベクトルが戦前に向いています」
文言としては「両性の本質的平等」という言葉が残っているが、これは実質的に“男女平等”を外そうとしているようなものである。室蘭工業大学准教授で憲法家族法学者の清末愛砂さんが語る。

◆当時の日本人女性がどれほど過酷な社会で生きてきたか
「家族主義は、ともすれば社会福祉の削減にも繋がりかねない側面を持っています。子育てや介護がいくら経済的に大変でも、『国を頼らず家族でやりなさい』と突き放されてしまう。保育園や介護施設が圧倒的に足りない現状が、家族主義の名の下で正当化されてしまう可能性もある」
婚姻の規定から「のみ」の2文字を削ったことも、大きな問題だと打越さんは指摘する。
「両性の合意“のみ”で決まるのであれば、他人が介入する余地はない。でも、ここから“のみ”の言葉を外してしまうと、例えば“家柄”を気にして親が口を出す、ということがまかり通ることになる。結婚が個人と個人のものではなく、家と家のものに戻ってしまうのです」
自民党の支持母体である政治団体日本会議」の政策委員で、日本大学名誉教授の百地章氏が監修した書籍『女性が集まる憲法おしゃべりカフェ』(明成社)のなかにも、こんなくだりが登場する。
《『婚姻は両性の合意のみに基づいて成立し』とあるから高校生の桃子ちゃんが変な男と結婚したいって言っても菊池さんは止められない》
《残念ながら両性の『合意のみ』によって成立した結婚は『合意のみ』によって気軽に破局を迎えやすいものです》
《こんな憲法だと家族が崩壊してるのも頷ける》
 安倍政権が日本会議の思想に影響を受けているかどうかは定かではないが、これだけ時代と逆行する改正案を作りながら、自民党は「女性が輝く社会の実現」を党のスローガンに掲げているのだから笑えない。前出の三木さんが語る。
「時代に応じて変えた方がいい条文も確かにあるでしょう。最近は男が弱くなってきて、これでいいのかと思うところもある(笑い)。でもベアテさんが24条に込めた想いだけは、忘れないでほしい。当時の日本人女性が、どれほど過酷な社会で生きていたか。24条はその歴史を示す証であるのです。願わくば、天国の彼女にも胸を張れる国でありたいものです」

※女性セブン2017年12月14日号