参院選 論戦スタートへ 語られざる「改憲」を問う - 朝日新聞(2016年6月3日)

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消費増税と衆参同日選の行方が注目された会期末の喧噪(けんそう)が去り、政界は7月10日投票の参院選に向け一斉に走り出した。
この選挙で、安倍首相はじめ政治家たちは何を語るのか。
首相は「アベノミクス」を最大の争点とし、消費増税先送りの判断について国民の信を問いたいという。
投票にあたってそれを考慮に入れるにしても、政権の一方的な争点設定に縛られる必要はない。むしろ政治家があまり語ろうとしないことにこそ、細心の注意を払うべき論点がある。
憲法改正である。
安倍首相は、参院選で自民、公明だけでなく改憲に前向きな政党を含めて3分の2の議席獲得をめざすと語っている。
実現すれば、衆参両院で憲法改正案を発議し、国民投票にかけることが、現実の政治日程にのぼる可能性が高まる。
そうなればもちろん、戦後初めてのことだ。
安倍政権とその補完勢力に、衆参そろって3分の2の圧倒的な多数を与えるのかどうか。これが、経済に隠された参院選最大の焦点である。
その結果は、戦後日本の分岐点となる重みを持つ。

■安保法を問い直す
良識の府」とも呼ばれる参議院。そこで8カ月前に起きたことを振り返ってみる。
安全保障関連法案を審議した昨年9月17日の特別委員会でのことだ。議員たちが突然、委員長席に駆け寄り、怒号の中でもみ合いが続く。合図を受けた与党議員が時折、両手を上げて立ちあがる。何が起こったのか、国民にはわからない。
これが9条の実質的な改正に等しい安保法案の採決だった。
安保法案については、6月に3人の憲法学者衆院憲法審査会で「違憲である」と表明。違憲論が国会の内外に広まり、世論は二分された。
本来は、次の国会に持ち越して議論を尽くすべきだった。なのに、会期延長の末に違憲論をねじ伏せたのは、理による説得でなく、数による強行だった。
参院選は、この安保法制定を問い直す機会である。

■選挙の前後で違う顔
安倍首相は年明けから、参院選後に明文改正に踏み込みたい意向を明らかにしてきた。
1月には「自らの手で新たな憲法をつくる。いよいよどの条項について改正すべきか、現実的な段階に移ってきた」と国会で答弁。先の党首討論では民進党岡田代表に「民進党も改正草案を出さなければ、議論のしようがない」と挑発した。
まるで、憲法を変えるのは既定路線だと言わんばかりだ。
一方で、首相以外の自民党幹部の熱は低い。
党の憲法改正推進本部は、どの条項を改正すべきかの議論には手をつけていない。衆院憲法審査会も、先の国会での実質審議を見送った。
なぜか。朝日新聞世論調査では、憲法を「変える必要はない」という人は55%に達する。「しゃにむに憲法改正の旗を振る姿勢を示したならば、選挙に勝てない」(二階総務会長)というのが党内の空気なのだ。
安倍政権は、過去2回の国政選では国民生活に密接にかかわる経済を前面に掲げた。今回も同様だ。
だが、これまでは選挙が終わると、安倍政権は顔を一変させてきた。特定秘密保護法に安保法。国民の知る権利や平和主義という憲法の根幹にかかわる法の制定に、一気に進んできたことを忘れてはならない。

改憲の狙いはどこに
もちろん、有権者参院選で投票する際の評価軸は、憲法ばかりではない。日々の暮らしにかかわる政策は重要な論点であり、十分な吟味が必要だ。
ただ、各党の主張をみてみよう。自民党の「1億総活躍」と民進党の「共生社会」、成長と分配、同一労働・同一賃金、待機児童の解消。多くの党が掲げる方向は同じだ。財政赤字労働人口の減少を考えれば、これらの政策に与野党の大きな違いを見いだすのは難しい。
一方で、いま自民党内で語られている憲法改正論は、私たちが戦後、その恩恵を受けてきた平和や自由といった価値を変質させる可能性をはらむ。
自民党憲法改正草案を貫いているのは、国民一人ひとりの自由より、国家を優先させる考え方だ。その根っこには、現憲法の人権や個人主義に対する、敵意に近い感情がうかがえる。
首相はおとといの記者会見で党の草案にふれ、「『これをやりますから賛成する人はだれですか』と3分の2を募っているわけではない」と、抑えた言いぶりにとどめた。
だが、参院選の結果、「草案は信任を得た」と言い出す可能性はないか。そして、どの条文をどのように変えようとしているのか。そこに理はあるか。
首相らが語ろうとはしなくても、有権者として憲法への姿勢を何度でも問い続けたい。