公布70年/まず理念を深めることから 神戸新聞(2016年11月3日)

http://www.kobe-np.co.jp/column/shasetsu/201611/0009633857.shtml
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日本国憲法が公布されて70年になる。憲法は、平和と経済発展の道を歩んできた戦後日本の土台である。だが、夏の参院選により憲法改正に賛同する勢力は、衆参両院で国会発議に必要な3分の2を超え、改正はより現実味を帯びている。
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まず70年前の原点を見つめたい。
「未曽有の敗戦により帝都の大半が焼け野原と化し、寡婦と孤児の涙が乾く暇なき今日、いかにして希望の光を与えることができるか」
1946年8月24日、衆院本会議場。憲法改正案を審議してきた特別委員会の委員長、芦田均が報告を行った。「改正憲法の最大の特色は戦争放棄を宣言したことだ」とし、思いの丈を述べる芦田に大きな拍手が何度も起き、すすり泣きが漏れた。
「平和的、民主的、責任政府を樹立することはどうして達成できるか、これらは民主的憲法の制定と、新憲法の裏付けとなるべき国民文化の向上とによってのみ成し遂げ得る」と演説は続いた。
対米開戦に反対し、大政翼賛会にも抵抗した芦田は、戦後初の帝国議会で敗戦を招いた原因と責任の所在を明らかにするよう政府に迫った。
一方で戦争放棄をうたう憲法9条の後段に「前項の目的を達するため」を挿入した「芦田修正」でも有名だ。この文言で自衛のための戦力保持が可能になったとされる。修正にはさまざまな議論があるが、芦田が平和を願い、新憲法制定に尽くしたことは確かである。その言葉には当時の熱気が反映されていた。
改正への強い風圧
だが憲法が古希を迎えた今、改正への風圧はこれまでになく強い。
安倍晋三首相は、9月の臨時国会所信表明演説で、憲法改正について「その案を国民に提示するのは、国会議員の責任だ」とし、衆参両院の憲法審査会で議論を深めるよう呼びかけた。1年以上の機能停止が続いていた衆院憲法審査会は今月10日の再開を予定する。自民党は議論を進め、改正項目の絞り込みを狙う。
改憲を悲願とする安倍首相。その動きが具体化したのは第1次安倍政権下の2007年のことだ。強行採決で改正のための国民投票法を成立させ、衆参両院に憲法審査会を設置、道筋をつけた。
衆参ねじれ国会や民主党政権誕生で論議は途絶えるが、安倍首相は政権奪還後、改正の発議要件を緩和する96条改正を主張した。続いて閣議決定で9条の解釈を変更し集団的自衛権の行使を容認、昨年は安全保障関連法を成立させ、9条の歯止めを外した。憲法の空洞化である。
正面突破を避けながら勢力を拡大し、改正への機運を高めていく。今夏の参院選のように選挙戦では憲法問題を前面に出すのを避けるが、勝利すると改正に前のめりになる。
そうした危うい姿勢を国民も冷静に見ている。共同通信社世論調査で、安倍政権下の改憲に55%の人が反対したのはその表れではないか。憲法学者の多くが「違憲」とする安保関連法を強引に成立させたことへの警戒感もあるだろう。
戦後を見つめ直す
一方で世論調査では改憲そのものに前向きな答えが過半数という結果も出た。公布70年。時代の変化に対応すべきとの意見も根強い。
「不磨の大典」のように扱うべきではないが、拙速な議論は望まない。それが民意であろう。
気がかりなのは、自民党が12年に発表した「日本国憲法改正草案」を国会に提案しないとしながらも「公式文書」としていることだ。
草案は、交戦権を否定した9条2項を削除して国防軍創設を掲げ、天皇を「元首」とするなど保守色の強い内容になっている。
特に問題なのは13条の「すべて国民は、個人として尊重される」の「個人」を草案は「人」と改めた点だ。自民党発行の「Q&A」は国民の権利について「西欧の天賦人権説に基づいた規定は改める必要がある」と説明する。生まれながらにして自由・平等を享受する権利を持つという考え方を否定するのでは近代憲法の流れから大きく外れる。
現行憲法は、基本的人権の尊重、国民主権、平和主義の三大原則を掲げ、戦後日本の在り方の基本となった。そうした国の根幹が揺らぐことを国民は望んでいないだろう。
憲法が公布された1946年11月3日の翌朝、芦田均はラジオ放送でこう呼びかけた。「憲法は国の骨組みを定める青写真にすぎませぬ。この憲法が日本再建の基盤となって、血が通い、肉がつくのでなければ、日本の将来に期待がもてない」
この70年間、私たちは平和国家の建設を目指し、憲法に血を通わせ肉をつける努力を重ねてきた。
改正論議もそうした理念を深め、生かしていくことが前提になる。その上で改めるべき点はあるのか。幅広い視点で冷静に考えたい。