参院選 改憲勢力3分の2 まず自民草案の破棄を - 毎日新聞(2016年7月11日)

http://mainichi.jp/articles/20160711/ddm/005/070/106000c
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参院選で自民、公明両党は堅調に議席を伸ばしたのに対し、民進党など野党は総じて振るわなかった。
これで安倍晋三首相の率いる自民党は、政権に復帰した2012年衆院選、13年参院選、14年衆院選に続く、国政選挙4連勝となった。
さらに、今回の参院選は戦後政治史の転換点になる可能性がある。与党やおおさか維新の会など憲法改正に賛同する勢力が、非改選の分も合わせて3分の2に達したためだ。
すでに衆院では改憲勢力が3分の2を占めている。これにより、今後の展開次第では初めて国会が改憲案を発議する事態もあり得る。

静な議論の阻害要因
安倍首相は選挙期間中、改憲について沈黙を通した。しかし、現憲法について「占領軍の押し付け」と批判してきた首相である。改憲への執念が後退しているとは思えない。
首相はすでに秋の臨時国会から衆参の憲法審査会を動かす意向を示している。審査会では、憲法の中でどの条項を改正の対象にするかの議論に移っていくとみられる。
憲法は国民全体で共有する最重要の合意だ。したがってそのあり方を点検することに異論はない。
ただし、審査会の再開にあたっては条件がある。自民党が野党時代の12年にまとめた憲法改正草案を、まず破棄することだ。
自民党草案は、前文で日本の伝統を過度に賛美し、天皇国家元首化や、自衛隊の「国防軍」化、非常時の国家緊急権などを盛り込んでいる。さらに国民の権利を「公益及び公の秩序」の名の下に制限しようとする意図に貫かれている。明らかに近代民主主義の流れに逆行する。
野党が「安倍首相による改憲」を警戒する根本には、この草案がある。逆に自民党が草案を最終目標に掲げている限り、与野党による落ち着いた議論を阻害し続ける。政権党として冷静な憲法論議の環境を整えることが自民党の責務だろう。
衆参両院の改憲勢力が発議可能な3分の2に達したといっても、各党が重視している改正の対象条文はばらばらだ。現段階では、とても絞り込めるような状況ではない。
首相は「条文の改正を決めるのは国民投票だ」と語っている。確かに憲法の改正には国民投票過半数の賛成が必要だ。ただし、それは最後の確認と考えるべきだろう。英国のように国民投票が国民を分断するようでは、憲法が国民に根付かない。最低でも、与党と野党第1党が合意している必要がある。
今回、自民党は単独でも参院過半数をうかがう程度に勢力を回復させた。1989年参院選以降、自民は参院での過半数割れに苦しんできただけに、この意味は小さくない。公明党は従来以上に自民党に対するブレーキ役を果たす責任がある。
日本は内外ともに厳しい条件が課せられている。参院選を経て安倍政権は、近来にない強力な政治基盤を獲得した。その恵まれた力を、中長期的な改革にこそ生かすべきだ。
まず、消費増税の2年半先送りで崩壊寸前となった税と社会保障の一体改革の枠組みを、早急に立て直さなければならない。

中長期の政策に生かせ
25年には「団塊の世代」の全員が75歳以上の後期高齢者となり、社会保障に要する費用は急増する。国の財政はすでに深刻なレベルにある。安定した政権下でこそ、現実的なビジョンをまとめ、必要な負担への理解を国民に求める責任がある。
もう一つの柱は、大きく変わりつつある国際情勢への冷静な対応だ。
安倍政権は昨秋、中国の台頭に対抗するため、自衛隊の対米支援を大幅に拡大する安保関連法を強引に成立させた。しかし、前提である米国の東アジア政策そのものが大統領選の結果次第で変わる可能性がある。欧州に見られる通り、経済のグローバル化とともに各国の「自国第一主義」も強まっている。
平和主義が基軸の日本としては、10年、20年先をにらんだ骨太の外交・安全保障政策が求められる。沖縄の基地負担軽減を含めて、安倍政権の構想力が試されている。
一方、野党第1党の民進党は選挙結果を重く受け止める必要がある。
民進、共産など4野党は今回すべての1人区で候補を統一する選挙協力を進めた。ある程度の効果を発揮したとはいえ、全体として与党を脅かすまでには至らなかった。
野党は格差拡大などで争点化を図ったが、与党との差別化は成功しなかった。論戦は盛り上がりを欠き、投票率が物語るように有権者の関心が高まったとは言い難い。「熱なき選挙」で組織票に勝る与党が圧倒するパターンが繰り返された。
民進党など野党が復調するには政権を担い得る政党として信頼回復の努力が欠かせない。共産党との共闘戦略も見直しが必要だろう。
今回の参院選から「18歳選挙権」が実現し、全国の少なくない高校で模擬投票などの主権者教育が実施された。決して成果を急がず、若者たちの政治への関心を、じっくりと社会全体で育んでいきたい。