(余録)米英との開戦にあたり政府・大本営連絡会議で決定… - 毎日新聞(2015年12月8日)

http://mainichi.jp/articles/20151208/k00/00m/070/173000c
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米英との開戦にあたり政府・大本営(だいほんえい)連絡会議で決定した「対米英蘭(らん)戦争終末促進ニ関スル腹案」という文書がある。戦争終結の目算を示した文書だが、願望を書き連ねた「官僚の作文」と悪名高い。
つまり独伊と協力して英国を屈服させ、米国の継戦意志を失わせれば戦争は終結するという。だが肝心の英国打倒はソ連と激戦中のドイツ頼りで、米国が戦意を失うのも願望にすぎない。米国を屈服させる手段がないのに戦勝をうたうにはこんな筋書きしかなかった。
文章を起案した陸軍省軍務課の高級課員は後年、昭和史家の保阪正康(ほさか・まさやす)さんの取材に対し開口一番(かいこういちばん)、「考えてみれば無茶苦茶(むちゃくちゃ)な話ですよ」と語ったという。勝利の確信も持てぬまま上司に作れと命じられ、頭の中でこねくり回した文字通りの「官僚の作文」だったのだ。
その当人も驚いたのは苦しまぎれの文案がそのまま軍と政府の首脳の間で異議なく了承されたことという。戦争終結の見通しは戦争目的とも密接に関連する戦争指導の核心をなす。他国なら最高政治指導者の判断と意志に属する(「昭和史、二つの日」山川出版社
ではその時、政治を指導してきた人々は何をしていたか。たとえば南部仏印進駐で対米戦争に道を開きながら、陸軍を説得できず政権を放り出した近衛文麿(このえ・ふみまろ)はつぶやいた。「えらいことになった。僕は悲惨な敗北を予感する」。奇襲成功にわく開戦の日のことである。
一方、先の文書を連絡会議に出した東条英機(とうじょう・ひでき)首相はこう語った。「日本には三千年来の国体がある。米国には国の芯(しん)がない。この違いがきっとでてくる」。くむべき教訓の尽きない12・8である。