被害者支援の現状と新たな少年法「改正」 -全司法 伊藤由紀夫(家裁調査官)

少年法2000年「改正」に際して、「5年後の見直し」が附帯決議されました。これに関して、犯罪被害者等による少年審判の傍聴等を内容とする見直しが法制審議会で審議され、少年法「改正」案が上程される予定です。
この問題について、裁判所の職員で構成する全司法労働組合少年法対策の伊藤由紀夫さんから、「子どもと法・21通信」(通巻82号)に、「被害者支援の現状と新たな少年法『改正』」という以下の投稿をいただきました。伊藤さんは家裁調査官として25年以上勤務、うち約17年間は少年事件に携わった方です。


1. さらに新たな少年法「改正」?


2000年「改正」少年法の中で、検察官の少年審判への参加等の事実認定手続きの強化、重大非行の原則検察官送致規定等と並んで、被害者・遺族等への配慮の充実が図られ、法律記録の閲覧・謄写制度、意見聴取制度、審判結果等通知制度が導入された。また、その際の附則3条において、「政府による5年後見直し」条項が決められている。その見直しも済まないうちに、触法少年への警察の調査(捜査)権限強化等を明文化し、保護観察中の遵守事項違反だけでの施設収容手続きの新設等を定めた2007年「改正」少年法が成立したことは、本誌読者には周知のことと思われる。そして、早ければ現在の第168臨時国会において、「5年後見直し」に関わって、さらに新たな少年法「改正」が審議されると言われている。


より詳細に言えば、「5年後見直し」は、2005年12月の犯罪被害者等基本計画(後記)の中で、『「5年後見直し」の検討において、少年審判の傍聴の可否を含め、犯罪被害者等の意見・要望を踏まえた検討を行い、その結論に従った施策を実施する』とされたことで、当初に想定されたものよりも、被害者・遺族の意見をより重視した見直しとなることが明確にされている。これを受けて法務省は、2006年 2月から 3月に被害者団体からのヒアリングを実施し、2006年 6月に2000年「改正」少年法の施行状況に関する報告を行い、2006年10月から12月にかけ、法務省日弁連最高裁、被害者団体、学者等による2000年「改正」少年法に関する意見交換会を開いてきた。ここでは、「非公開の少年審判の中で、加害者である少年だけが保護されている」「被害者・遺族を参加させない少年審判では非行事実の認定などできるわけはない」といった被害者団体からの意見が強く出されている。また、2007年 6月20日、刑事裁判への被害者参加、被害者情報開示への配慮、附帯私訴手続き等を定めた、「犯罪被害者等の権利利益の保護をはかるための刑事訴訟法等の一部を改正する法律案」が可決・成立となっている(公布から1年6月を超えない時期に実施)。


こうした経過から見て、さらに新たな少年法「改正」の焦点は、①被害者・遺族等の少年審判への傍聴および参加問題であり、さらには、②被害者・遺族等への「社会記録」等の開示問題と言われている。しかし、07年夏の参院選挙での自民党大敗、安倍首相の無責任辞職等による政情変化も影響しているのか、現時点(07.10.22)では法案提出はなされていない。



2. 被害者支援の現状


一連の少年法「改正」の背景には、治安神話の崩壊、少年非行の凶悪化(誤信であるが)といった不安を煽るマスコミ論調や、監視型社会を進展させるという刑事政策があったが、同時に、被害者団体の国会への意見・声、被害者・遺族へのマスコミ・議員らの同情等が大きく影響していたことも周知のことである。そして、これらの少年法「改正」に並行して、被疑者支援が政治課題となり、現在に至ってきた。


2004年12月、犯罪被害者等基本法議員立法によって成立し、基本理念として、(1)犯罪被害者等の尊厳と権利、(2)犯罪被害者等の事情に応じた適切な施策、(3)途切れない支援の三つが定められ、被害者支援は〈国の施策〉として実施されることとなった。その具体化として、2005年12月に犯罪被害者等基本計画が閣議決定され、5つの重点課題として、(1)損害回復・経済的支援等への取組み、(2)精神的・身体的被害の回復・防止への取組み、(3)刑事手続きへの関与拡充への取組み、(4)支援等のための体制整備への取組み、(5)国民の理解の増進と配慮・協力の確保への取組みが定められ、内閣に犯罪被害者等施策推進会議を置き、各府省・地方公共団体に被害者支援の体制整備化、実施推進が図られることになった(ここでの(3)に関連して、刑訴法「改正」となり、さらに新たな少年法「改正」が進められることになっている)。


現実には、2006年に全国 4ヶ所、2007年には全国 5ヶ所で被害者支援を進めるシンポジウムが開かれ、現在、46民間支援団体が被害者支援事業に参加し、28地方公共団体において被害者支援アドボカシーセンター等の設置が始まっている。そこでは、被害者・遺族への情報提供、心身被害の回復・防止から、被虐待児童の保護、DV被害女性の保護、一人親家庭支援、高次脳機能障害支援等も含め、公営住宅の一時使用提供や中小規模事業者への融資制度といった日常生活回復への支援、職員や民間・地域への研修・学習活動、警察本部との連携、被害者団体への支援等々、極めて幅広い、多数の施策が実施されつつある。従って、今後、被害者支援に関わる人々は一気に急増していくと考えられる。



3. 被害者・遺族等の少年審判への傍聴および参加手続き等について


この問題について、率直に言って、現在の筆者に妙案は無いことを謝っておきたい。ただ、行政における被害者支援の実態もふまえた上で、考察を積み上げる必要があるとは思っているし、ひたすら多くの有識者による慎重な討議を経て検討して欲しいと願うだけである。以下、最近の筆者の印象に近いものを書きたい。


2000年「改正」少年法以後、家裁では、原則検送事件の検察官送致率を統計化し(2006年までの総計349件のうち61.9%が検送)、被害者等への審判結果通知を開始し(2006年までで3180件)、被害者等からの意見聴取を行うようになっている(同、791件)。また、非行少年への保護的措置の中で被害者の声を直接聞かせたり、家裁調査官による被害者・遺族等への調査を拡大するなどの対応を行っている。いずれも必要な対応ではあるが、年間20万件以上の非行総数に対して、約650人の家裁調査官が少年事件を担当している現状では、十分な対応は不可能に近いと言わざるをえない。実際、上記の審判結果通知数にしても、意見聴取数にしても、全体から見れば極めて少ないと言わざるをえない。


そして現在、家裁少年部の現場では、首次席家裁調査官による査察時、指導監督として、ヒラ調査官に対して、「この社会記録の記載は被害者が読むことを意識して書いているか」といったことが言われるようになっている。家裁調査官は非行少年の更生保護の一端を担うものであるが、被害者の存在を忘れて少年調査にあたるとは思われない。但し、「社会記録」への記載には、少年の更生への鍵を握る記載がなされることがある。それは多くの場合、非行少年やその原家族の秘密を守ることを前提に得たものである。そこには社会的未熟さそのままの少年の発言もあれば、当の親子自身にも秘匿されている親子関係の秘密などが書かれることもある。そうした「社会記録」について、被害者支援への根本的な議論もなされないまま、既に先取り的に被害者・遺族等へ開示することを想定して、管理職による実務指導がなされ始めているのである。


刑事裁判においては、犯罪事実と情状が裁判の対象である。しかし、犯罪事実と情状との重要度には雲泥の差がある。当然、犯罪事実が全面的に重要である。そして刑事裁判においては、犯罪事実や情状について、被告人側には法的防御も可能である。それに対して、少年審判においては、非行事実と要保護性(発達・生育途上にある少年の資質・能力、生育歴の現状と家庭環境、学校・職場等の社会環境の要素)が審判の対象であり、一貫して非行事実が重視されてきた経緯があるにせよ、要保護性は非行事実に拮抗する程の審判対象であり、要保護性の認定抜きの少年審判は絶対にありえない。即ち、プライベートな問題について、刑事裁判に比べて少年審判は、「少年を丸裸にする」面があり、それ故に少年審判の非公開原則があると考えられる。それは、少年の更生を重視し、保護処分を前提として、少年の成長発達の権利を保障したいが故の審判構造であると言ってよい。


被害者・遺族等の少年審判への傍聴・参加が、あらゆる非行事件について全面的に認められるとするなら、それは否応なく、少年審判の刑事裁判化を促すことになるが、それ以上の課題も引き起こす。即ち、被害重大な原則検送事件で考えるならば、非行少年は、少年審判で「丸裸にされ」た上、被害者等が参加する刑事裁判も受けることになるのであり、成人犯罪者以上の司法責任の追及を受けることになる。非行少年は凶悪であるから、成人犯罪者以上の苦痛を与える必要があるのであろうか(ちなみに、2006年の司法統計年報によれば、少年による殺人・殺人未遂事件は45件、成人による殺人・殺人未遂事件はその16倍、717件である)。また、「社会記録」について言えば、現時点でも、非行少年の付添人弁護士に対してすら、謄写を認めず、全面的な閲覧は許可されていない。そうした中で、被害者・遺族等には「社会記録」が全面的に開示されるのであろうか。それならば、非行少年側の対抗手段として、少年審判では一切黙秘し、刑事裁判で全てを明らかにするという方策をとるようになるのではないか、結局は少年審判不要論に繋がるのではないかと、小心者の筆者は危惧するのである。


現状、家裁の現場では、被害者・遺族等の少年審判への傍聴・参加や「社会記録」の被害者・遺族等への開示について、実務者レベルでの活発・真剣な議論がなされているとは言い難い。現状までの対応策に追われているのが実情であり、根本的な議論もさせないままに、一見賢そうな管理職が先取り的に指導を行っている状況にある。もしこれが、「御時世がそうなっているし、法改正があれば、事件処理要領(マニュアル)を改編すれば、対応したことになるし」といった官僚的態度に繋がるなら、非行少年・保護者に対しても、被害者・遺族等に対しても、許し難い背信行為になると筆者は感じている。


筆者は、家庭裁判所調査官として25年以上勤務し、約17年間、少年事件に携わってきた。その経験から思うのは、「被害者・遺族等への支援は進められなければならない。しかし、同時に、非行・触法少年とその家族への支援も進められなければならない」ということである。被害者・遺族等の怒り、悲しみはとてつもなく大きい。他方、非行少年・触法少年と家族の抱える問題の深さ、悲しみも、また決して小さなものではないのである。少年非行の実態、その原因・背景について、可能な限り、被害者等とその被害者支援を行う人々、非行少年・保護者とその非行からの回復支援を行う人々とが、立場の違いを超えて認識を共有し、謝罪・被害回復とは何かを追求し、非行を減らしていくことに協力できないか、それは相当に困難なことではあるだろうけれど、と考えている。被害者・遺族等との接触・調査の実際、被害者・遺族等への支援の実際等についても書きたいことは少なくないが、紙面が大幅に超えてしまった。次の機会としたい。

初稿「子どもと法21 通信 2007年10月号(通巻82号)」
http://www.kodomo-hou21.net/tsushinindex.html