<ぎろんの森>ナショナリズムを煽らない - 東京新聞(2023年9月2日)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/274364

東京電力福島第1原発事故の汚染水を浄化処理した「処理水」の海洋放出に対する中国側の反発が過熱し、日中関係を揺さぶりかねない危険水域に入っています。

東京新聞は8月30日の社説「処理水反日拡大 日中は理性的な対話を」で、中国政府に対して「反日感情をあおらず、冷静な対応に努めるべきだ」と求めつつ「処理水についての検証や正確な情報発信など、日本政府が海洋放出への不安に真摯(しんし)に対応するのは当然」「日本の漁業者を含めて関係者の理解を得られないまま強引に放出に踏み切った日本政府の責任があらためて問われる」と指摘しました。

この問題を巡る在京各紙の社説は中国政府の責任を問う内容が多かったようです。見出しを紹介すると、
 朝日「冷静な対話こそ必要だ」
 毎日「沈静化へ責任ある対応を」
 読売「中国は嫌がらせを放置するな」
 産経「中国政府に『責任』がある」
 日経「中国は理不尽な迷惑行為をやめさせよ」

本紙論説室内で議論になったのも、中国側の責任のみを問うことの是非でした。

この問題の根源が原発事故を招き、漁業者らの反対を押し切って「処理水」放出に踏み切った日本側にあることは明白です。中国側の責任のみを追及しても問題は解決しません。自らの非を棚上げして中国も同様に原発処理水を放出していると批判しても、対話は成立しないでしょう。

驚いたのは、野村哲郎農相が中国政府による日本産水産物の全面禁輸措置に「大変驚いた。全く想定していなかった」と述べたことです。

中国側の反発は予想できたのに、強硬措置を想定していなかったとは、自らの外交の拙劣さを自白したようなものです。そもそも「想定外」という言葉は原発事故の言い訳に何度も吐かれてきました。

中国発とみられる「迷惑」電話の多さは尋常でありませんが、敵意で応じ、ナショナリズムを煽(あお)る報道や振る舞いは厳に慎まねばなりません。それは中国側も同様です。

読者からは「自らの過ちを中国敵視に導くような、いつかきた道をたどってはならない」との意見が届きました。社説を書く際の戒めにしたいと考えています。 (と)