パワハラ指針 これでは被害を防げない - 信濃毎日新聞(2019年11月21日)

https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20191121/KP191120ETI090007000.php
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これでパワーハラスメントを防げるのか。
企業に初めてパワハラ防止対策を義務付けた女性活躍・ハラスメント規制法の施行に向けた指針が固まった。パワハラの定義や防止策を具体的に示している。
定義は六つに分類した。侮辱、暴言の「精神的な攻撃」のほか、仲間外しや無視の「人間関係からの切り離し」などである。企業に義務付ける防止策は、相談体制の整備など10項目を掲げた。
5月に成立した規制法は、パワハラを(1)優越的な関係を背景に(2)業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により(3)就業環境を害する―の三つを要件とした。「指導との線引きが難しい」との声が出ており、来年6月の施行に向けて、具体例を指針で示した。
問題は多い。まず企業が恣意(しい)的な解釈で、パワハラの範囲を狭めかねないことだ。
指針では、該当しない例として「社会的ルールを欠いた言動を再三注意しても改善されないと一定程度強く注意する」などを列挙している。これに対し、労働側は、労働者に問題があればパワハラにならないと読め、「企業や加害者に弁解の余地を与えかねない」などと批判している。
対象を社員に限定したことも問題が残る。個人で仕事を請け負うフリーランスは、6割余が取引先などからパワハラの被害を受けているとされる。それなのに指針では保護の対象外だ。就職活動中の学生も同様である。
規制法にはパワハラの禁止規定や罰則規定は設けられておらず、実効性が疑問視されている。指針でパワハラの定義を狭めるようでは、さらに効果が乏しくなる。
6月に国際労働機関(ILO)が採択した条約は、職場のハラスメントを全面的に禁止し、保護対象も幅広い。日本は採択に賛成したものの、条約が求める法整備の水準に遠く及ばない。このままでは国際社会に取り残される。
労働局などに寄せられたパワハラを含む「いじめ・嫌がらせ」の相談は昨年度、約8万2千件となり、前年より約1万件増えた。2002年の10倍以上である。
精神的な疾患に結び付くケースも少なくない。トヨタ自動車の男性社員が上司からパワハラを受けて自殺し、労災認定されたことも判明した。早急な対策が必要だ。
パワハラは労働者の健康や命にかかわる問題だ。厚労省や企業はパワハラは許されないという認識を持ち、労働者の視点から環境を改善していかなくてはならない。