(余録)「顔は絵につれ、絵は顔につれ… - 毎日新聞(2019年10月12日)

https://mainichi.jp/articles/20191012/ddm/001/070/140000c
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「顔は絵につれ、絵は顔につれ。僕の顔は和田誠(わだ・まこと)によって変わってしまった」。作家、野坂昭如(のさか・あきゆき)は和田さんの似顔絵をたたえた。小紙書評欄の「この人・この3冊」でも古今東西の人物をことごとく似顔絵にした。
若いころ映画「グレン・ミラー物語」に感動し、ジェームズ・スチュアートに似顔絵つきのファンレターを出したら、返事が来た。後年、来日したジミーと対談したおり、宝物にしていたその手紙を見せると彼は驚き、喜んだという。
ただ女優相手の場合にはことは複雑だ。マレーネ・ディートリヒが来日したおり、彼女の似顔絵にサインを求めたところ機嫌が悪くなり、サインの横に「これは私でない!」と書かれたという。似ているのが、喜ばれるとは限らない。
似顔絵が思わぬ役に立つこともあった。レミ夫人との結婚前、義父となる仏文学者の平野威馬雄(ひらの・いまお)にあいさつした際、仕事の内容をたずねられて説明すると自分たちの似顔絵を描くよう求められた。どうやら「試験」に合格したらしい。
その後、義父の著書に始まった本の装丁(そうてい)は名だたる作家らが求めるところとなり、週刊文春の表紙を描くことになる。映画スターの似顔絵は珠(しゅ)玉(ぎょく)の映画エッセー集「お楽しみはこれからだ」を生み出し、そして自らも映画作りへ……。
「レオナルド的人間」、作家の丸谷才一(まるや・さいいち)は和田さんをダビンチ型の万能人と評した。昭和・平成の人々の暮らしを洗練された機知と華やぎで彩ったその人は、今ごろ神様の似顔絵にチャレンジしていよう。