(筆洗) 続編に意欲を持っていたという。正義や良心が揺れ続けてきた国で何をえがいたか。 - 東京新聞(2019年8月20日)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2019082002000119.html
https://megalodon.jp/2019-0820-0953-51/https://www.tokyo-np.co.jp:443/article/column/hissen/CK2019082002000119.html

映画づくりの才能には、自信があった。けれど、周囲からは「名優の子ども」とばかりみられる。俳優で監督のピーター・フォンダさんはかつて米メディアに胸の内を語った。米国の良心を体現するような役を演じ、不動の地位にあった俳優ヘンリー・フォンダさんの息子である。
父は家族に冷たかった。若いころから、確執が始まっている。米国の良心そのものも揺らぎ始めた。泥沼化したベトナム戦争などをめぐって、国の正義を疑う声が、大きくなっていた。
既存の権威や正義に背を向けるように、若者がオートバイで旅する『イージー・ライダー』を構想したのはそんなときである。大物中心の米映画界で十分認められていなかったデニス・ホッパーさんやジャック・ニコルソンさんも力になる。
時代が求めていた才能、出会いでもあっただろう。低予算ながら主演、脚本家として才能をそそいだ渾身(こんしん)の作品は映画史に残るヒットとなる。米国にとどまらず多くの若者の心を捉えたピーター・フォンダさんが七十九歳でなくなった。
オートバイで疾走するシーンのポスターは、米国の学生寮の壁を埋めたという。日本でも同じ思い出を持つ方がいるだろう。
米国での映画公開から、今年で五十年だった。年齢を重ねても続編に意欲を持っていたという。正義や良心が揺れ続けてきた国で何をえがいたか。問いを置いて旅立った。