(筆洗)「熱中できるもの、夢中になれるものを早く見つけて」 - 東京新聞(2019年3月24日)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2019032402000137.html
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その八歳の男の子はナイジェリアから家族とともに米国にやって来た。過激派組織ボコ・ハラムによる迫害の危険。安全に暮らしたいと願う家族は国を離れるしかなかった。二〇一七年六月のことだ。
男の子はニューヨークにあるホームレス施設から小学校に通うことになった。貧しい生活。少年はその中で一つの楽しみを見つけた。たまたま先生から手ほどきを受けたチェスである。
深く考えることが好きだった少年はみるみる腕を上げていく。学校のチェス特別プログラムは家族の事情と少年の中のなにかを悟った学校側の配慮によって参加費は免除された。その少年、タニトルワ・アデウミ君。今月上旬、ニューヨーク州大会の世代別部門で優勝したそうだ。チェスを覚えてわずか約一年での快挙である。
「熱中できるもの、夢中になれるものを早く見つけて」。イチローさんが引退会見で子どもたちに向けてそう語っていたのをふと思い出す。
その少年の優勝は素晴らしい。が、それ以上にこの話でうれしいのは少年が困難な状況においても自分の才能を開花させ、打ち込めるものに出会えたことである。チェスを教えた先生、温かく見守った家族や手助けをする人に恵まれたという事実である。
少年の幸運を祝福したい。と、同時に不安定な生活の中で、夢どころではない子どもが世界中に大勢いる事実をまたかみしめる。