https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20190211/KT190208ETI090015000.php
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自白と矛盾する証拠が公判時に開示されていたなら、有罪判決が出たとは考えにくい事件だ。冤罪(えんざい)の救済に長い時間がかかりすぎたと言うほかない。
熊本県で1985年、男性が刺殺された松橋(まつばせ)事件である。裁判をやり直す再審の初公判が熊本地裁で開かれ、即日結審した。検察側は殺人罪の立証をしなかった。
判決は3月に出る。懲役13年が確定し、服役を終えた宮田浩喜(こうき)さんが無罪となるのは確実だ。
再審開始が決まった後、地裁が早期に結論を出す姿勢を明確に示したことは評価できる。ほかの再審事件の先例になり得る対応だ。検察に対しては、有罪認定の根拠となった自白調書を証拠として採用しないことを公判前の協議で明言していた。
事件から34年。85歳になった宮田さんは脳梗塞の後遺症と認知症で最重度の要介護認定を受けている。存命のうちに再審無罪をと弁護団や支援者は訴えていた。
捜査段階の自白のほかに犯行を裏づけるものはなかった。その自白内容と明らかに食い違う物証が見つかったのは97年。有罪判決の確定から7年を経て、検察が開示した証拠物の中にあった。
自白では、破いて小刀の柄に巻き、犯行後に燃やしたとしていたシャツの左袖だ。血痕も付着していなかった。不都合な証拠を公判で出さなかった検察の姿勢とともに、それを許した刑事裁判のあり方が問われなければならない。
ないはずの物があったことで、有罪認定の根拠は大きく揺らいだ。それでも、すぐに再審を請求できたわけではない。
小刀の形状と遺体の傷が一致しないことを示す鑑定書など、ほかにも新たな証拠をそろえ、2012年に再審請求をするまでに15年を要している。再審開始が確定したのはさらに6年後だ。その年月が再審の壁の厚さを物語る。
疑わしいときは被告人の利益に―。最高裁は75年の白鳥決定で、この刑事裁判の鉄則が再審開始の判断にも適用されることを示した。確定判決に合理的な疑いが生じれば足りると述べている。
けれども、再審の手続きに鉄則はいまだ貫かれていない。死刑が確定した裁判のやり直しを40年近く求め続けてきた袴田巌さんは、いったん再審開始の決定が出ながら、高裁で覆された。
冤罪は重大な人権侵害である。有罪の根拠が揺らげば、ただちに裁判をやり直すのが本来だ。人権のとりでであるべき裁判所の姿勢を厳しく見ていく必要がある。