刑事裁判の証拠 全面開示に道を開かねば - 信濃毎日新聞(2019年5月30日)

https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20190530/KP190529ETI090007000.php
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公判で証拠の開示を拒んだことが冤罪(えんざい)につながったとして検察の姿勢に厳しい目を向けた判決だ。無実の人を罰しないため、刑事裁判の証拠開示のあり方を問い直さなくてはならない。

1967年に茨城で起きた布川(ふかわ)事件をめぐる国家賠償請求訴訟である。東京地裁は、証拠開示や警察の取り調べを違法と認め、賠償を命じた。違法行為がなければ、控訴審で無罪判決が出た可能性が高いと述べている。

控訴審では弁護側が、未提出の調書や捜査報告書の開示を求めたが、検察が拒否。強盗殺人罪無期懲役を言い渡した一審判決が維持された。再審で無罪が確定したのは、事件から40年余を経た2011年。公判で未開示だった目撃証言の調書が決め手になった。

布川事件以外にも検察が公判で開示しなかった証拠が再審につながった事例は少なくない。3月に再審無罪が確定した松橋(まつばせ)事件は、燃やしたはずの布片が見つかり、自白の信用性が揺らいだ。

検察は有罪の立証に必要な証拠だけを法廷に出してくる。手元にある証拠の開示を弁護側が求めても拒むことが多い。裁判所の勧告にも応じない場合がある。

裁判員制度の導入に伴い、弁護側が公判前に証拠の開示を請求できる一定の仕組みができた。16年の法改正では証拠の一覧表の開示を検察に義務づけている。

とはいえ、全ての証拠が開示されるわけではない。一覧表についても、捜査に支障が生じるといった理由で記載しなくていい例外を幅広く認めている。公判前手続きが終わってからは、原則として新たに開示を請求できないことも弁護側には制約になる。

また、証拠開示が制度化されたのは、裁判員裁判の対象事件など公判前整理手続きをする場合に限られ、刑事裁判全体のごく一部にすぎない。それ以外の事件では明確なルールがないままだ。

捜査機関は強い権限と組織力で証拠を集める。被告側は検察に対して圧倒的に不利な立場にある。公正な裁判には、証拠の全面開示が欠かせない。開示制度を公判前手続きに限定する理由もない。

事案の真相を明らかにする職責を負う検察官は、裁判の結果に影響を及ぼす証拠を、有利不利を問わず法廷に出す義務がある―。東京地裁は判決で述べている。

証拠は捜査機関の独占所有物ではなく公共財である。検察が開示に後ろ向きな姿勢を改めるとともに、全面開示に向け、刑事司法制度の改定を検討すべきだ。