(筆洗)「やさしさの壁」 - 東京新聞(2017年9月7日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2017090702000123.html
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「やさしさの壁」。そう呼ばれる壁が、イランの街角にできたのは、二年前の冬のことだといわれる。誰かが道路脇の壁にフックをつけて、こう書いたのだ。「いらない物があれば、ここに置いていってください。必要な物があれば、持っていってください」
家もなく路上でこごえる人に、さりげなく衣服などを贈るのが「やさしさの壁」。イラン第二の都市マシャドで始まったとされるこの素朴な運動は、またたく間にイラン国内のみならず周辺各国に広がったそうだ。
レバノンでは、シリア難民らのための「やさしさの壁」がつくられているという。人口六百万ほどのレバノンには、内戦続く隣国シリアから百万もの人が逃れてきた。レバノンにとっては大変な重荷で、難民への目線も鋭くなっている。
国連によれば、レバノンでのシリア難民支援には、およそ二千億円が必要だが、確保できたのは二割。支援の手が届かぬまま、困窮し、敵意にさらされる難民は目に見えぬ壁に囲まれているようなものだろう。
米国では、メキシコ国境に巨大な壁を築くという大統領が、米社会に根を下ろした「罪なき不法移民の子」まで追い出そうとしている。難民や移民への嫌悪、憎悪という見えぬ壁は、世界各地で高くなっている。
そういう「壁の時代」にあって、「やさしさの壁」は、何かとても大切なものを守っているようだ。