入国禁止令 米国の良心汚す暴挙だ - 毎日新聞(2017年1月31日)

http://mainichi.jp/articles/20170131/ddm/005/070/046000c
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こんな米国を、私たちは見たことがあるだろうか。
全ての国の難民受け入れを120日間凍結しシリア難民受け入れは無期限停止。中東・アフリカ7カ国の一般市民は入国を90日間停止−−。
独裁国家のお触れのようだ。そんな米大統領令が突然出たため、米入国を認められずに拘束または航空機搭乗を拒否される例が相次いだ。今も世界に混乱が広がっている。
トランプ大統領によれば、目的は米国をテロから守ることであり、新たな入国審査の方法を定めるまでの暫定措置だという。だが、大統領選で「イスラム教徒の入国全面禁止」を訴えたトランプ氏の差別と排除の姿勢は明白だ。大統領令では規制対象を7カ国としたとはいえ、いずれもイスラム教徒が多い国である。
大統領令イスラム圏に対する精神的な鎖国を思わせる。出身国で人を差別するのは論外だ。難民に関する命令にも人道上の疑問がある。イスラム圏や欧州などが反発しているのは当然だ。安倍晋三首相は直接の論評を避けたが、きちんと意思表示すべきである。
米国内にも疑問と抗議の声が広がっている。ニューヨークの連邦地裁判事は、有効な査証(ビザ)を持つ人の送還は認められないとの判断を示し、全米15州などの司法長官は、大統領令憲法違反とする共同声明を発表した。大統領令は実質的にイスラム教徒を対象としており、ある宗教への特別な扱いを禁じた憲法条項に違反する疑いがあるという。
抗議の動きこそ米国の良心の反映だろう。大統領令は撤回すべきだ。米国は移民の国であり、住民の多様性が独創性やソフトパワー(文化的な魅力)を生み出してきた。多様性を損なう大統領令には米企業のトップたちも懸念を表明している。
そもそもテロ対策として問題がある。米国では国内で生まれ育った人物の「ホームグロウン・テロ」が深刻な問題になっており、ネットを通して危険思想に染まるケースも少なくない。排除の姿勢が逆に国内のテロ予備軍を刺激する恐れもある。
トランプ氏は、在イスラエル米大使館の移転構想も含めて「親イスラエル、反アラブ・イスラム」の姿勢が目立つ。だが、米国はイスラエルと強固な同盟関係を保つ一方、歴史的に中東和平の仲介役を務めてきたことを忘れてはならない。
世界16億人のイスラム教徒の中で過激派は「大海の一滴」であり、イスラム教徒一般を敵視するのは誤りだ。トランプ氏は排除と分断によって、自ら「文明の衝突」のわだちにはまり込もうとしているようにも見える。それでは米国だけでなく国際社会が不利益を被ることになる。