ハンガリー 不安あおった国民投票 - 朝日新聞(2016年10月5日)

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戦火や迫害を逃れてきた人を守るのは、国際社会の一員として重要な責任だ。
もちろん、難民受け入れには国民の不安が伴う。だからこそ政府は、その意義を冷静に説く姿勢が欠かせない。
逆に「犯罪が増える」「テロリストが紛れ込む」と政府が宣伝し、不安をあおれば、世界の人道主義は成り立たない。
難民を分担して受け入れることを決めた欧州連合(EU)の政策の是非を問うハンガリー国民投票で、投票者の98%が「受け入れ反対」に投じた。
有効投票が有権者過半数に届かず、結果は無効となる。それでもオルバン首相は、民意は示されたとして、自らの主張に沿った憲法改正を行い、政策の撤回をEUに迫る構えだ。
首相は投票を前に、すべての難民を不法移民と決めつけ、リスクばかりを強調した。客観的な判断材料が国民に提供されておらず、理性的な民意が示されたとは到底いえない。
昨年、大勢の難民や移民が欧州に押し寄せると、オルバン政権は国境にフェンスを築いて阻止する姿勢を鮮明にした。現在も流入する難民に対する警官の暴力が絶えない。
治安優先を掲げ、EUから決定権を取り戻す「強い政治指導者」を演出すれば、経済低迷への国民の不満をかわせる。そんな思惑が透けて見える。
だが、自身の支持固めを優先して民主国家の責任や人権重視の価値観を軽んじるのは、ゆゆしきポピュリズム政治だ。オルバン政権が尊重すべきは、むしろ投票を棄権した5割を超える「声なき声」である。
懸念されるのは、今回の国民投票のように、難民という人道危機を政治利用する風潮が広がっていることだ。
ポーランドスロバキアなど中欧諸国の政権も、保守層の支持を意識して難民受け入れに難色を示す。グローバルな課題に結束して取り組むEUの求心力を損ないかねない動きだ。
東欧や中欧の国々の政治家には、自分たちの20世紀の歴史を思い起こしてもらいたい。
旧ソ連の軍事的脅威にさらされ、自由と民主主義を希求してEU加盟を果たしたのではなかったか。国境が開かれているおかげで自国の若者が外国で活躍するチャンスを得られている。
長い目で見れば、移民や難民が経済を活性化する源になってきた事実も、国民に丁寧に説明すべきだろう。
難民や移民が急増する世界の中で何ができるか。日本でも積極的な議論を盛り上げたい。