(私説・論説室から)デモクラシーの体たらく - 東京新聞(2016年10月5日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/ronsetu/CK2016100502000143.html
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「デモス」とは古代ギリシャ語で「自由市民」のことである。「クラトス」とは、「支配」あるいは「権威」を意味した。デモクラシー(民主政)の語は、これらに由来する。
民主政といえば代表格はアテネだが、この模範的な政治システムはある日突然現れたのではない。さまざまな社会的対立を、改革や立法などの積み重ねで克服し整えられた。
先月まで東京国立博物館で開催された「古代ギリシャ展」で、その一端を垣間見た。例えば、文字が刻まれた陶器や瓦の欠片(かけら)。「陶片追放」に使われた実物だった。
市民たちは一人一つずつ陶片に、民主政の敵となり得る政治的有力者の名を刻んだ。その結果、選ばれた者は十年間、土地を追われた。独裁者の出現を未然に防ぐ知恵だった。
だが理想的な仕組みも悪用されれば弊害が勝る。政敵を追い落とすため有力者が結託したり、あらかじめ政敵の名を記した陶片を配る不正が起きたりした。民主政の価値観を損ね不名誉だとして陶片追放は廃止された。
注意を怠ると、知らない間にひびが入り、あっけなく壊れてしまうのが民主主義だ。
数にものをいわせ強行採決を連発するうちに「TPPも強行採決という形で実現する」と言い出す輩(やから)が現れる。そもそも民主主義の根幹をなす選挙制度すら違憲状態のまま…二千五百年前の陶片を思い浮かべながら、彼我の埋めがたい落差に嘆息した。 (久原穏)