悲劇の記憶、読み継ぐ 英国人作家の小説「ナガサキの郵便配達」- 東京新聞(2016年8月8日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201608/CK2016080802000210.html
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原爆による長崎の悲劇を描き、現在は絶版状態にある英国人作家の小説を再出版しようという取り組みが進められている。小説のモデルとなったのは長崎原爆被災者協議会の会長を務める谷口稜曄(すみてる)さん(87)。一時は高校の国語教科書にも登場しながら、本の絶版とともに忘れられようとしている物語に、東京都内の男性が「読み継いでいくことが平和を考えることになる」と光を当てる。広く寄付を募り、来春の出版を目指している。 (藤浪繁雄)
小説は一九八四年に英国などで出版された「ナガサキの郵便配達」。作者のピーター・タウンゼントさん(一四〜九五年)は元英国空軍の戦闘機パイロットで、戦後はジャーナリストとして活躍した。映画「ローマの休日」でグレゴリー・ペック演じる新聞記者のモデルとなったことでも知られる。
タウンゼントさんは七八年から長崎を訪ね、郵便局員だった谷口さんらに取材を重ねた。被爆して生死をさまよい、後遺症に苦しんだ被爆者の体験に加え、原爆を投下した爆撃機内の搭乗兵のやりとりや当時のトルーマン米大統領の思惑、旧日本軍首脳の暴走ぶりなども取材。ドキュメンタリー調の小説に仕立てた。
日本語版は八五年、早川書房から出版。高校教科書にも載ったが、数年で絶版となった。その後、神奈川県内の市民有志が二〇〇五年に寄付金を募って復刊したが、書店に置かれることもなく、大きな動きにはならなかった。
今回、再出版に向け奔走しているのは、都内でデザイン事務所や出版業を営む斎藤芳弘さん(69)。知人から本のことを聞き「埋もれさせてはならない」と決意。谷口さんからは「原爆が忘れ去られ、時代が核兵器の肯定に流れていくことを恐れる。長崎が最後の被爆地であってほしい」と願いを託された。
再出版に当たって、斎藤さんは「旧日本語版には誤訳もあり、物足りない部分もあった」として、改訂のため、米国出身の詩人アーサー・ビナードさん(49)に翻訳を依頼した。ビナードさんも「谷口さんの体験を中心に、米国の核開発のからくりも記している珍しい本。中高生にも分かるように仕上げたい」と意欲を見せている。
斎藤さんは一人でも多くの人に読んでもらいたいと、一般社団法人を設立し、製作費に充てるため一口千円で寄付を募集。全国の小学校などに無償配布するほか、廉価での販売を検討している。タウンゼントさんの遺族も「社会的に意義がある」などと再版に賛同しているという。
斎藤さんは「新たな平和の教科書として受け継がれるようにしたい」と話している。問い合わせは一般社団法人「ナガサキの郵便配達制作プロジェクト」=電03(6821)7702、ファクス03(6821)5704=へ。

ナガサキの郵便配達

ナガサキの郵便配達