沖縄戦 国の賠償認めず 那覇地裁、民間被害者の請求棄却 - 東京新聞(2016年3月17日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201603/CK2016031702000125.html
http://megalodon.jp/2016-0317-0917-30/www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201603/CK2016031702000125.html

太平洋戦争末期の沖縄戦で負傷したり、家族を亡くしたりした住民や遺族七十九人が国に謝罪と一人当たり千百万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、那覇地裁(鈴木博裁判長)は十六日、「戦時中、国の権力行使について賠償責任を認める法律はなかった」として請求を棄却した。沖縄戦の民間人の被害に対する国の賠償責任をめぐる司法判断は初めて。原告側は控訴する方針。
原告側は訴訟で「現行制度は軍人中心の補償で、民間被害者の大半を補償しておらず、法の下の平等に反する」と主張したが、鈴木裁判長は「戦争被害者は多数に上り、どのような補償をするかは立法府に委ねられるべきだ。軍の指揮命令下で被害を受けた軍人らへの補償は不合理ではない」と退けた。
瑞慶山(ずけやま)茂弁護団長は判決後の記者会見で「裁判所は沖縄戦の被害実態や特殊性と向き合っていない」と批判した。
国は戦後、軍人・軍属らに年金などを支給。軍に食料を提供するなどして戦闘参加者と認定された民間人も補償対象とした。原告はいずれも、認定に必要な第三者の証言などを得られず、補償を受けていない。
原告団は二〇一二年、国や旧日本軍が住民の被害への補償もなく放置したのは違法として提訴。原告のうち三十七人は昨年、沖縄戦に起因する心的外傷後ストレス障害(PTSD)などになったとする診断書も那覇地裁に提出していた。
沖縄戦 米軍が太平洋戦争末期の1945年3月26日に慶良間(けらま)諸島、4月1日に沖縄本島に上陸して始まった地上戦。沖縄県民の4人に1人、日米で20万人以上が死亡した。日本軍による住民の集団自決強制やスパイ容疑での虐殺があったとの証言もある。6月23日に第32軍司令官の自決で組織的戦闘が終わったが、9月7日に降伏調印するまで局地的な戦闘は続いた。軍に食料を提供するなどして戦闘参加者と認められた民間被害者には、援護法で障害年金などが支給される。