首相の憲法発言 数合わせよりも中身だ - 毎日新聞(2016年1月13日)

http://mainichi.jp/articles/20160113/ddm/005/070/075000c
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安倍晋三首相は夏の参院選について与党だけでなく、一部野党も含めて憲法改正の発議に必要な参院の3分の2以上の議席確保を目指す考えを示した。選挙の構図に大きく影響する発言だ。
改憲問題が参院選の主要テーマであることを首相自ら認めたと言える。だが、何を目指して憲法を改正するのかという、肝心の部分が首相からは語られていない。国の基本に関わる手続きを数合わせ優先で語ってはならない。
憲法は改正手続きについて、衆参両院がそれぞれ3分の2以上の賛成多数で発議し、国民投票過半数の賛成を得るよう定める。首相はNHKの番組で「与党だけで(参院)3分の2(確保)は大変難しい。改憲を考えている責任感の強い人たちと3分の2を構成したい」と語った。
衆院で与党の自民、公明両党はすでに3分の2超の議席を持つ。参院で与党が3分の2を占めるためには参院選で改選される59議席を86議席に増やす必要がある。しかし、一部野党も含めればハードルは下がる。首相の発言は改憲に積極的なおおさか維新の会などと連携し、自らの政権で念願とする改憲を実現することに意欲を示したものだろう。
だが、首相のこの手順には大きな疑問がある。「3分の2」を目標に掲げながら、改正を目指す中身については「どの条項を改正するかは国会や国民的な議論と理解の深まりの中で、おのずと定まる」と述べ、明らかにしていないためだ。
もともと改憲を党是とする自民党は2012年に9条を含めた憲法改正草案をまとめている。一方、党内では大規模災害などへの対応を可能とする緊急事態条項の改正を優先することが検討されている。「いきなりの9条改正は国民投票のハードルが高い」との計算からだろう。
ただ、こうした方針は総裁である首相から国民に説明されていない。このまま選挙で発議に必要な多数派形成を目指すというのでは、改憲という目的だけを示し、要件のクリアに同意を求めるようなものだ。
首相は第2次内閣発足後、改憲手続きの緩和に向けて96条改正の先行を掲げたが、「裏口入学」との批判を受けて引っこめた。国の基本に関わるテーマにもかかわらず、「何を変えるか」がはっきりしないまま改憲を実現しようとしている点は共通しているのではないか。
改めて言うが、私たちは憲法改正そのものを否定しているわけではない。だが、改憲先にありきの発想ではなく、国民が必要性を納得できるようなテーマで議論を尽くすべきだと考えている。中身を後回しにして、順番を間違えてはいけない。