参院選 改憲勢力3分の2 「白紙委任」ではない - 東京新聞(2016年7月11日)

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参院選は自民、公明両党が改選過半数を確保し、改憲勢力も三分の二以上に達した。安倍政権は「信任」された形だが、有権者は「白紙委任」したわけではない。
安倍晋三首相にとっては、政権運営にいっそう自信を深める選挙結果に違いない。自民、公明両党の与党議席は、首相が勝敗ラインに設定した改選過半数の六十一議席を上回った。二〇一二年に自民党総裁に返り咲いた首相は、国政選挙に四連勝したことになる。

◆景気回復は「道半ば」
民進、共産、社民、生活の野党四党は改選一人区で候補者を一本化して臨んだが、「自民一強」を崩すには至らなかった。
自公両党に「改憲勢力」とされるおおさか維新の会、日本のこころを大切にする党、無所属の「改憲派」を加えた議席は非改選を合わせて三分の二を超え、憲法改正の発議が可能な政治状況になった。戦後日本政治の分水嶺(ぶんすいれい)である。
参院選は首相が来年四月に予定されていた消費税率10%への引き上げを二年半先送りし、成長重視の経済政策「アベノミクス」の加速か後退かを最大争点に掲げた。
安倍政権発足後三年半が経過しても、景気回復が道半ばであることは政権側も認めている。
野党側は、アベノミクスが個人や企業、地域間の経済格差を拡大し、個人消費低迷の要因になったと指摘したが、有権者アベノミクスの成否の判断は時期尚早だと考えたのだろう。
野党側の批判はもっともだが、説得力があり、実現性を感じられる対案を求める有権者の胸に響かなかったことは、率直に認めざるを得ないのではないか。
一八年十二月までには必ず衆院選がある。野党は次の国政選挙に備えて党内や政党間で議論を重ね、安倍政権に代わり得る政策を練り上げる必要がある。

◆意図的に争点化回避
とはいえ、有権者は安倍政権に白紙委任状を与えたわけではないことも確認しておく必要がある。特に注視すべきは憲法改正だ。
安倍首相は憲法改正を政治目標に掲げ、一八年九月までの自民党総裁の「在任中に成し遂げたい」と公言してきた。参院選公示直前には「与党の総裁として、次の国会から憲法審査会をぜひ動かしていきたい」とも語った。
与党はすでに衆院で三分の二以上の議席を確保しており、参院選の結果を受けて首相は在任中の改正を実現するため、改憲発議に向けた議論の加速に意欲を示した。
しかし、自民党参院選公約で憲法改正に触れてはいるものの、首相は「選挙で争点とすることは必ずしも必要はない」と争点化を意図的に避け、街頭演説で改正に触れることはなかった。公明党は争点にならないとして、公約では憲法について掲げてさえいない。
改正手続きが明記されている以上、現行憲法は改正が許されない「不磨の大典」ではないが、改正しなければ国民の平穏な暮らしが著しく脅かされる恐れがあり、改正を求める声が国民から澎湃(ほうはい)と湧き上がるような状況でもない。
改正に向けた具体的な議論に直ちに入ることを、参院選有権者が認めたと考えるのは早計だ。
安倍政権内で、自民、公明両党間の憲法観の違いが鮮明になったのなら、なおさらである。
安倍政権はこれまでの国政選挙で、経済政策を争点に掲げながら選挙後には公約に明記されていなかった特定秘密保護法や、憲法違反と指摘される安全保障関連法の成立を強引に進めた経緯がある。
憲法は、国民が政治権力を律するためにある。どの部分をなぜ改正するのか、国民に事前に問い掛けることなく、参院選で「国民の信を得た」として改正に着手するような暴挙を許してはならない。
日本国憲法先の大戦への痛切な反省に基づく国際的な宣言だ。理念である国民主権や九条の平和主義、基本的人権の尊重は戦後日本の経済的繁栄と国際的信頼の礎となり、公布七十年を経て日本国民の血肉と化した。

◆改正より守る大切さ
安倍政権下での憲法をめぐる議論を通じて再確認されたのは、改正の必要性よりも、むしろ理念を守る大切さではなかったか。
参院選は終わった。しかし、有権者としての役割はこれで終わったわけではない。一人ひとりが政治の動きや政治家の言動に耳目を凝らし、間違った方向に進み出そうとしたら声を出し、次の国政選挙で審判を下す必要がある。一人ひとりの力は微力かもしれないが決して無力ではないはずだ。
私たちの新聞は引き続き、有権者にとっての判断材料を提供する役目を真摯(しんし)に果たしたい。覚醒した民意こそが、政治をより良くする原動力になると信じて。