(筆洗)風は冷たい。それでも答えを求め、歩き続けるしかあるまい。コートの襟を立てて - 東京新聞(2015年12月9日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2015120902000137.html
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風が冷たい。我慢しきれず、コートを着る方も増えてきた。<大北風(きた)にあらがふ鷹(たか)の富士指せり>臼田亜浪(あろう)。朝、北風に、コートの襟を立て職場へと歩く人の波は疲れもあるが、逞(たくま)しい。
風の中に答えがある。その曲をボブ・ディランは一九六二年、喫茶店で数分で書き上げた。「風に吹かれて」。六〇年代の米公民権運動の主題歌のような曲の歌詞は質問形式となっている。どれだけの歳月が必要なのか、人が自由になるには。いくつの海を越えれば、ハトは休息できるのか…。そして、その答えは風の中だ、としか教えてくれない。
その答えは見つかるのか。テロ、紛争、差別。国際情勢を持ち出すまでもない。平和で自由な世界への答えなんて本当にあるのか。理想主義者の言葉を時に疑ってもしまう。
この方は答えは自然の中だ、と明言した。ノーベル医学生理学賞大村智さん。「人間が抱える課題の答えは全て自然の中にあると信じてきた。五十年の研究を通じてそれが正しかったことが証明された」。七日の受賞記念講演である。
微生物から、寄生虫病の特効薬を開発した。答えは信じた通りに自然の中だった。答えにたどりついた方の言葉は風の中の理想への答えを疑う人類にとって「あきらめるな」という励ましと受け止めたい。
風は冷たい。それでも答えを求め、歩き続けるしかあるまい。コートの襟を立てて。