(筆洗)きのうも長崎では、午前十一時二分に、サイレンの音が響きわたった - 東京新聞(2017年8月10日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2017081002000144.html
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きのうも長崎では、午前十一時二分に、サイレンの音が響きわたった。原爆投下のその時に合わせ黙祷(もくとう)をするためのサイレンだ。
長崎県内に住む吉田美和子さん(66)は三十三年前、その音を夏風邪で伏せっていた床で聞いた。静かに目を閉じ、合掌をしていると、おなかの中で日に日に大きくなるわが子が動き始めた。思わず両の手でおなかを包んだ。
そのとき…

ふいに サイレンの響きとはちがう
無数の唸(うな)りが
私の耳の中を 揺さぶっていく
あの日 あの時
母の温(ぬく)もりの中で
守られていた 小さな生命が
声ひとつ あげる間もなく
吹き飛ばされ 風と化していった…
(『原爆詩一八一人集』)

産声を上げることもなく、風になった赤ちゃんが何人いたことか。きのうの平和祈念式典で長崎市長は、各国の指導者らに、語り掛けた。
「遠い原子雲の上からの視点ではなく、原子雲の下で何が起きたのか、原爆が人間の尊厳をどれほど残酷に踏みにじったのか、あなたの目で見て、耳で聴いて、心で感じてください。もし自分の家族がそこにいたら、と考えてみてください」
吉田さんは

ピカドンによって生まれた 小さな風たちよ
…この世のすべての人を 揺さぶる風になれ
…おろかなあの日を 知らしめる風になれ

とうたった。「もし自分の家族が…」と考えれば、小さな風の声が聞こえるはずだ。