<デスクの眼>江戸時代に学ぶ日韓交流 「誠信交隣」の心 2025年国交正常化60年 - 東京新聞(2024年5月7日)

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「誠信交隣」

江戸時代の儒学者雨森芳洲(あめのもり・ほうしゅう)が重んじた言葉だ。現在の滋賀県長浜市に生まれ、対馬藩の外交担当者として朝鮮王朝が日本に送った「朝鮮通信使」に随行した芳洲は、誠実と信頼に基づく交流の大切さを説いた。

◆陶磁器がつないだ文化交流
その言葉通りの交流に出合った。
名古屋市内の陶芸愛好家、遠藤和彦さん(77)のアトリエには、若い時から集めてきた朝鮮半島由来の陶磁器などが、ところ狭しと並んでいる。
遠藤さんが心を引かれるのは、実生活で使われた品々だという。陶工の意図や人々の思いを考える。「生活文化を知ることが、その民族への尊敬につながる」。言葉の端々に、隣国への敬意がにじむ。
収蔵品に感動した日韓経済文化交流協会の堀江俊通会長は、遠藤さんを駐名古屋韓国総領事館の金星秀(キム・ソンス)総領事に紹介した。金氏は中部地方の陶磁器文化をよく知り、ろくろを回したこともある。互いの文化を尊重し合う3人は意気投合。5月22日から、総領事館で「韓日陶磁器文化交流展」を開くことになった。
 日本と朝鮮半島の間に暗い歴史も横たわる。16世紀後半に文禄・慶長の役があった。韓国では壬辰倭乱(イムジンウエラン)と呼ばれている。20世紀には日本による植民地支配があった。

◆強制連行された陶工に思い寄せ
遠藤さんは当時の人々の思いに寄り添う。朝鮮半島から強制的に「連れてこられた陶工たちの悲しみの上に、日本の近世の陶磁器文化がある。植民地時代に日本には大量の陶磁器が入った。それらに正当な対価が支払われていただろうか」。
金氏は不幸な歴史を踏まえた上で「焼き物は交流のシンボルといえる」と捉える。日本の陶磁器は朝鮮半島からの技術を土台に、独自の発展を遂げた文化だと考えているからだ。
展示会場の総領事館ホールには「誠信交隣」の額が掲げられている。教えが実を結んだことを、芳洲も喜んでくれることだろう。
今、日韓関係は良好だ。2023年3月に韓国政府が元徴用工問題を巡る解決策を発表して以降、首脳間のシャトル外交が復活。24年版外交青書は、14年ぶりに韓国を「パートナー」と位置づけた。尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が今年3月の演説で、日本を「共同の利益を追求し、世界の平和と繁栄のために協力するパートナーになった」と評したことにこたえたかのようだ。

◆元徴用工問題超え、絆を深めるために
絆をさらに深めることはできないか。
元徴用工訴訟で日本企業に賠償を命じる判決が続き、賠償を肩代わりする韓国政府傘下の財団の資金枯渇が懸念される。「解決策は韓国内の話だ」と話す日本政府当局者もいる。それでも財団とは別に、解決策発表にあわせて日韓の経済団体が設立を決めた「未来パートナーシップ基金」もある。ここに日本企業が積極的に資金提供するなど、でき得る呼応策を探る時ではないか。
来年は日韓国交正常化から60年。岸田文雄首相は昨年の訪韓で、歴史問題について「心が痛む思いだ」と語った。ぬくもりが感じられる「誠信交隣」を重ねながら、節目の時を迎えたい。(篠ケ瀬祐司)