<視点>マイナンバー制度 不信を招いた元凶は 論説委員、特定社会保険労務士・鈴木穣 - 東京新聞(2023年12月20日)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/296982

2007年に社会を揺るがした年金記録問題を覚えているだろうか。

年金記録問題は大きく3つある。あるはずの保険料納付記録が旧社会保険庁にない「消えた年金記録」、社会保険事務所が誤った事務処理をしたことで記録がなくなった「消された年金」。

最も深刻だったのは、持ち主不明の記録が約5千万件もあった「宙に浮いた年金記録」問題だ。1997年の基礎年金番号導入を機に、それまで複数存在していた年金番号基礎年金番号にまとめる作業の過程などで発生した。

政府はこの間、記録統合作業に約4千億円超を費やしたが、この約5千万件のうち、今も約1700万件の記録は持ち主が分かっていない。年金受給は国民の権利だ。こつこつ保険料を払ったのに、その権利をないがしろにされている事態は重大である。

共通番号制度の1つであるマイナンバー制度は、年金記録問題を契機に導入の議論が進んだ。制度の目的は3つある。(1)国民の命や財産、社会保障の給付など国民の権利を守るため(2)税や社会保険料などの国民の義務を公平に負担してもらうため(3)行政の無駄を無くし行政サービスを充実させるため―である。

マイナンバー制度があれば、転職や転居、結婚して姓が変わっても自分の年金記録がバラバラになる事態にはならなかったのではないか。

行政が効率化されれば、例えば各種手続き業務を行う窓口を縮小できる。人材不足にあえぐ自治体は、その分の職員を児童虐待対応など必要な分野に回せる。それは結果的に住民の利益にもなる。

マイナンバー制度は巨大なシステムだ。トラブルが発生する想定で運用すべきだが、予防策やトラブル被害を最小化する政府の対策は不十分だった。発生したトラブルの現状や手当てした対策についての情報提供も後手に回った。

マイナ保険証の普及を巡っては事務処理を行う自治体や健康保険組合などに作業を丸投げして連携に欠けた。トラブル発生後も政府には当事者意識が欠け現場に責任を押しつけていた。

マイナンバーカードと並び制度のもう1つの肝はネット上で自分の年金や医療、税、福祉給付などの個人情報を国民自身が管理できるマイナポータルという仕組みだが、制度不信から活用も十分には進んでいないのではないか。

制度は膨大な個人情報を扱うだけに国民が注ぐ視線は厳しい。そもそも政府への国民の信頼は高いとはいえず、制度普及のためには国民の信頼回復が先決だろう。だが、政府の対応は不信をあおるばかりで、自ら普及を阻んでいるとしか見えない。

政府が普及を進めたいのなら、拙速な制度拡大やポイント付与など小手先の策ではない。必要なのは迅速で十分な情報公開で不信を払拭することではないか。