<視点>イスラエルのガザ侵攻 人は進歩しているのか 論説委員兼編集委員・田原牧 - 東京新聞(2023年11月22日)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/291479

パレスチナイスラム組織ハマスの襲撃に対し、イスラエルの報復攻撃が続く。

イスラエル側の犠牲者は1200人。民間人に限れば建国以来最大で、パレスチナ側も1万3000人を超えた。

ハマスの急襲に驚いたが、次第に違うことが気になり始めた。中東に長年携わる研究者の発言の少なさである。
 私たちは「人の命は平等」と教わってきたが、この紛争ではその常識が通じない。

パレスチナ自治区ガザだけでも、イスラエルハマスは2008年から21年にかけ4回衝突した。犠牲者数はパレスチナ側が約4000人、イスラエル側は約100人。今回も10倍もの開きがある。

この不均衡さは捕虜交換にも表れる。1985年にはイスラエル兵3人とパレスチナ人1151人が交換され、2011年はイスラエル側1人に1027人のパレスチナ人が釈放された。同胞愛の美名の裏にイスラエル側が見なす命の価値の格差が透ける。

そもそもイスラエル建国運動の標語は「民なき土地に土地なき民を」だった。先住民だったアラブ人は不在者にされた。この事実と命の価値の格差は無縁ではなかろう。

欧州の植民地主義もそれを後押しした。イスラエル建国前、パレスチナは英国の統治下だったが、土地の帰属を検討した委員会で後に首相となるチャーチルはこう語った。

「厩(うまや)の犬が長らくそこに寝そべっていても、厩についての権利は持たない」。アラブ(パレスチナ)人は人間として扱われなかったのだ。

歴史をたどれば、欧州(ロシアを含む)のユダヤ人差別が事の元凶だった。ロシアや東欧でのポグロムユダヤ人迫害)、フランスのドレフュス事件ユダヤ人将校へのスパイ冤罪(えんざい)事件)、ドイツ・ナチスホロコーストなどがイスラエルの建国を誘った。

素朴な疑問が浮かぶ。迫害されたユダヤ人がなぜ、パレスチナ人を迫害するのか。

かつてイスラエルの旧国家宗教党(極右)の長老、ヨセフ・ブルグ氏に尋ねた。彼は「ナチスには最小の倫理しかなかったが、われわれには倫理観がある」と答え、パレスチナ人への迫害を否定した。

ただ、左派系知識人の1人は「虐待の連鎖の一種かも」と説いた。虐待を受けた子どもが後に虐待をする親になるという知られた現象だ。

今回、襲撃したハマスについてもうんざりする。イスラムの教義に基づく聖戦やイスラエルへの抵抗の大義は理解する。だが、住民に犠牲を強制し、それを政治宣伝に利用するやり口は常套(じょうとう)手段だ。

ただ、身近な大日本帝国を振り返っても大義による死の強制はハマスに限らない。

命の価値の不平等、虐待の連鎖、大義による死の強制。目新しくない野蛮さが繰り返され、いまも目前で展開されている。人は進歩しているのか。その回答への逡巡(しゅんじゅん)が研究者の寡黙さの一因かもしれない。