(筆洗) フランス映画には登場人物が煙草(たばこ)に火を付けるシーン… - 東京新聞(2021年9月8日)

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フランス映画には登場人物が煙草(たばこ)に火を付けるシーンが特に多いそうだ。
少し前の調査によると、公開された新作映画のうち、およそ七割に喫煙シーンがあったといい、国内には若者への影響を考え、喫煙シーンを制限すべきではないかという意見もあると聞く。
フランス映画に煙草が似合ってしまうのはおそらく、この名優の存在が影響しているのだろうと想像する。映画「勝手にしやがれ」(一九六〇年)などに出演したフランスを代表するスター俳優のジャンポール・ベルモンドさんが亡くなった。八十八歳。
警察に追われる「勝手にしやがれ」のミシェルも愛人との逃避行を続ける「気狂いピエロ」(六五年)のフェルディナンもいつも煙草をくゆらせていた。やや短く、太めの煙草を口の真ん中ではなく、端の方でくわえる。ゆらゆらと漂う煙で悲しみやもどかしさまで演じていたようだった。まねをした日本のファンもきっといる。
フランス映画運動のヌーベルバーグ作品で名を売ったが、批評家や知識人層の評価より大衆が喜ぶことを大切にした役者である。堅い批評家が相手にしないアクション作品にも数多く出演。それを可能にしたのがこの人の演技の幅の広さだろう。
撃たれたミシェルが路地をよろよろと走り続けるが、ついには倒れる。「勝手にしやがれ」のあの場面が役者の道を必死に走り続けた人に重なる。