(筆洗) 映画の「太陽がいっぱい」でアラン・ドロン演じる若者トム・リ… - 東京新聞(2021年5月20日)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/105368

映画の「太陽がいっぱい」でアラン・ドロン演じる若者トム・リプリーが他人のサインを練習するシーンがある。
自分が殺害した大富豪の子息のサイン。サインを覚え、その人物にまんまとなりすまそうという魂胆である。大きな紙にプロジェクターでその人物のサインを投影し、何度も何度も上からなぞり、筆跡を覚えていく。リプリーの必死さが伝わってくる。
こちらの稚拙な署名偽造には太陽ではなく「愚か者がいっぱい」というタイトルをつけたくなる。大村秀章・愛知県知事に対するリコール署名偽造事件で愛知県警は運動団体事務局長で元県議ら四人を地方自治法違反の疑いで逮捕した。
リコール署名が思うように集まらない焦りからアルバイトを使って有権者の氏名を署名簿に書き写させていたとされる。発覚しない方がおかしいほど乱暴で子どもじみた手口である。提出した署名簿の八割が偽造だったとはでたらめにもほどがある。
どこまで罪の重さを認識していたか。署名偽造によって容疑者が殺そうとしたのは長年大切に育ててきた民主主義である。署名が集まらないのなら偽造してしまえ。それは選挙でわれわれの投票用紙を奪われ、支持できない候補に知らぬ間に投票されてしまうことと同じである。
再発防止は無論、黒い企ての全貌を明らかにしたい。かかわった人物はまだ「いっぱい」いるかもしれない。