[大弦小弦]聞いたら書く シンプルに - 沖縄タイムス(2020年5月25日)

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昔は「書かない大記者」と呼ばれるような先輩がいた。その一人は大物と親しく、一目置かれていた。でも、この大物に絡む事件が発覚して騒ぎになった時、こう言って周囲をあぜんとさせた。「知っていたよ」

▼東京高検の黒川弘務検事長と賭けマージャンをしていた産経新聞記者、朝日新聞元記者の3人も、多くを知っていたはずだ。だが、黒川氏の処遇が焦点になった局面で、記事に生かされた形跡はない

▼権力の思考を知り、監視するためには懐に飛び込む必要がある。しかし、目的はあくまでミイラを取ることで、同じミイラになって秘密を共有するのでは本末転倒だ

▼距離感はいつも悩ましく、尊敬する記者の言動を胸に刻んでいる。シンプルなこと。重大な情報を得たら書く。たとえ時間をかけて築いた関係でも、それをぶち壊しても。「人でなしと言われればその通り。書くために付き合っているんだから」

▼賭けマージャンを報じ、黒川氏を辞職に追い込んだのは週刊文春だった。一緒に書かれる側に回ってしまった3人は、せめて今からでも取材の成果を読者に示してほしい

▼この期に及んで踏ん切れなければ、新聞や権力取材は社会に必要なのかが根本的に問われる。情報が命と直結することを誰もが痛感するコロナ時代。メディア淘汰(とうた)の波はこれまで以上に高い。(阿部岳)