暮らしを守る鍵 人とのつながりを楽しむ - 信濃毎日新聞(2020年4月5日)

https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20200405/KP200404ETI090001000.php
http://archive.today/2020.04.06-004300/https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20200405/KP200404ETI090001000.php

居合わせることができて良かった―。そんな時と場を共有することから始まるのだと思う。
4月から地方創生が第2期(2020〜24年度)に入った。人口が減り、高齢化が進む社会の受け皿として、政府は「地域コミュニティーの再生」をうたう。行政だけでは公共を担えなくなりつつある現実を物語る。
けれど、初めから支え合いという目標を据え、効率的な仕組みを整えることで、人とのつながりを取り戻せるだろうか。
3年前、高知県大川村を取材した。人口400人弱の村は当時、なり手不足から議会を廃止するか否かで揺れていた。
和田知士(かずひと)村長が議会制度を借りて提起したのは、村を覆う人任せの風潮だった。住民も村の存続に関わる問題として受け止め、昨春の統一地方選で8年ぶりの選挙戦を実現させている。
今年元日の社説では、和太鼓集団「志多(しだ)ら」が移住した愛知県東栄町を取り上げた。
移住からの30年は、町の人たちとの関係を築く歳月だった。団員たちはいま、集落にとけ込み、伝統の「花祭り」の担い手になっている。志多らを中心に設立した町の交流拠点は、その結果できた仕組みと言っていい。

 

安倍晋三政権は「地域コミュニティー」を掲げながら、その土台である「人」に重点を置かない。地方創生は、2015年度の導入当初から経済成長を図る仕組みに組み込まれている。
革新的な産業の創出や労働生産性の向上を地方に促し、魅力ある雇用の場をつくって稼げと尻をたたく。毎年1兆円を地方の自由財源として確保し、これとは別に1千億円の創生交付金を予算に盛り自治体を競わせている。
目標である東京一極集中の解消は遠く、地方から東京圏への転出者はむしろ増えた。出生率の低下にも歯止めがかからない。
経済成長が問題を解決するという発想の限界に、多くの人が気付き始めている。敏感なのは若者かもしれない。
今世紀に入り、充実した生活を送る上で大切なものとして、若い世代は経済力よりも人付き合いを挙げるようになっている。志向の変化は近年、地方への移住を希望する20〜40代が急速に伸びる傾向にも表れている。
心のよりどころを人とのつながりに見いだし、生業(なりわい)を手探りしながら地域に根差そうとする生き方に、次代に向かう可能性の芽を見る思いがする。
筆者にとって大切な「コミュニティー」は、東京の地元で一緒に育った幼なじみや学生時代の仲間だ。年に1、2度しか会えなくても、彼らとの時間が替え難い日ごろの支えになっている。
いまの街で暮らし始めてからは十数年。街中に料理店を開いた夫婦、ギャラリーを営む妻と木工職人の夫、幼い4人の育児に奮闘する家族、仕事と子育てを一人で切り盛りする母親…。
まだ細い糸ながら、これからも必要とし、必要とされたい付き合いも生まれてきた。
社会学者の見田宗介(むねすけ)さんは、幸福の単位とするコミューン(共同体)は「局所的なもので、数人から数十人で楽しむのがちょうどいい」と述べている。

 

楽しみは愉快なだけでなく、時に協力して課題を乗り越える経験を含む。個々人が関わる複数のコミューンの一つに、日常接する人々との縁があれば心強い。
自治体に求められるのは、国の指針に従って効果の定かでない施策に、なけなしの財源を投じることではない。
即効性を追うのではなく、長期的には教育や働き方も見直し、一人一人が、人とのつながりを深めていくゆとりの持てる社会を構想することだろう。
新型コロナウイルスのまん延を前に、医療も技術も進歩しているはずの社会が、グローバル化で豊かになったはずの社会が、もろさをさらけ出している。買い占めに走り、真偽不明の情報をやりとりし、「自粛」を他人に強いる市民の側も同様だ。
経済成長のかけ声のもと、合理性や効率性に偏ってきた代償は思いのほか大きい。不安な時ほど頼りたい人間関係のあちこちに、溝が走っていることも、今度の非常時で浮かび上がった。
考えてみれば、交通や保育、防災、ごみ処理に至るまで、私たちは税金や利用料を対価に、暮らしのほとんどを行政に委ねてきた。自らを律し、自治を動かす力を失おうとしている。
ほんの少し価値観を変え、意識的に人とのつながりを楽しむ時間をつくる。溝を埋める先に、支え合う関係を築きたい。