地域の営み 変わる世界観の受け皿に - 信濃毎日新聞(2020年1月1日)

https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20200101/KT191231ETI090010000.php
http://web.archive.org/web/20200101004553/https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20200101/KT191231ETI090010000.php

年の瀬の街を急ぎ足で行き交う人々が「良いお年を」と、声をかけ合う。当たり前の光景が続いてほしいと思う。
51万人。全国で2019年、これだけの人口が減った。現実には人口減少が年を追って進む。
都市に人口が集中するよりも地方に分散した方が豊かな社会になる―。京都大学の研究者らは、そんな解析結果を公表している。
東京圏に集中し続ける人の流れを理想的に変えることなどできるのだろうか。自問しつつ、愛知県東栄町に向かった。

 <和太鼓集団の移住>

人口3千人余の東栄町にプロ和太鼓集団「志多(しだ)ら」が移住したのは30年前のことだ。町内でも過疎化が深刻な東薗目(ひがしそのめ)区が廃校になった小学校の利用を持ちかけた。
「最初は移住というより、けいこ場の移動でした」。19歳で入団した大脇聡さん(45)は話す。公演で留守にしがちで、暮らしがあるとは言えなかったという。
ほどなく志多らは倒産する。再起を図る団員たちは「地域に根差す芸能集団」を目標に据えた。
校庭には毎日、高齢者がゲートボールに集まっていた。茶飲み話が始まる。「何をして食べてんだい」「親が心配しているぞ」。若い集団を気遣う住民が山盛りの野菜を届ける日もあった。
葬儀や草刈りを手伝い始めた団員たちに「花祭りを手伝ってくれないか」との声がかかる。
「てーほへ てほへ」の独特の口拍子で夜を徹して繰り広げる霜月神楽の一つだ。東栄町でも各区で開かれるが、東薗目区では存続が危ぶまれていた。
この祭りで「志多ら舞」を奉納したことが裏目に出る。「志多らの祭りじゃないぞ」「有名になったら出ていくんだろう」。町内の他の区の反感を買った。
「雑音は気にするな」。東薗目の人たちに励まされ、その後も参加した。町内の見る目が和らいだのは、団員が結婚し、子どもが生まれたころだ。
志多らは2010年、NPO法人「てほへ」を発足させた。移住から20年が過ぎていた。「この町に来て、花祭りに出合ったから現在の志多らがある。恩返しの答えでした」と大脇さん。てほへは住民の交流の場、町の魅力発信の拠点として根を張っている。
地方への移住を望む人たちは増えている。08年のリーマン・ショック後、10年ほどの間に、都内の「ふるさと回帰支援センター」に寄せられる移住相談数は20倍近くに増加している。その中心を20〜40代が占める。
「田園回帰」とも呼ばれる傾向は大学の研究者も指摘し、国による調査が裏付ける。

 <地続きの未来像が>

若い世代の心境にどんな変化が生じているのか。政府が1970年代から実施してきた「世界青年意識調査」が興味深い。
今世紀になって<将来もずっと今の地域(市町村)に住んでいたいか>との問いに、住んでいたいとする割合が伸び始め、07年には4割を超えた。調査が面接式からインターネット経由になって以降やや減少したものの、地元への愛着は高止まりする。
筑波大学土井隆義教授(社会学)は次のように分析する。
成長期を知らない若い世代は未来を不確実なものではなく、動かし難い宿命と感じている。将来に見いだせない「生きる意味」を現在に、家族や友人らのいる共同体に求めている、と。
明日を今日の地続きと見なす向きは都市と町村に共通する。空洞化する地方を、自らを必要としてくれる「共同体のフロンティア」と捉える若者も多い。
背景にある格差の固定化や、生来の属性で人間関係を築く内閉化には留意が要る。ただ、若い世代が抱く世界観は拡大・成長という「山」ではない。土井教授らの言う「高原」なのだろう。
モノから人へと重心が移る価値観の転換にどう向き合うか。
政府の「地方創生」は成長戦略に位置付けられている。創生交付金を競うように得た自治体は都市の事業者の企画に投資し、わずかな雇用創出や観光振興を成果として国に上げている。目標である東京一極集中の是正も出生率の回復も、実現する兆しはない。

 <当たり前を重ねて>

東薗目はいま、町内で子どもが最も多い区となった。特異な例に映る志多らの定着も、茶飲み話に始まっている。
そんな当たり前のこと―を、山登りの途中でずいぶん置き去りにしてきたのではないだろうか。
東栄町のように祭りを、あるいは自然エネルギー普及や商店街再興を核に、移住者とともに展望を開きつつある地域は少なくない。人と人との日常の交流を重ね、まちづくりを動かしたい。
人口の都市集中か地方分散か。研究者らによれば、その最後の分岐は数年後に迫っている。