大崎事件の再審 尊厳回復の扉を閉ざすな - 信濃毎日新聞(2019年6月30日)

https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20190630/KT190628ETI090001000.php
http://archive.today/2019.06.30-014119/https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20190630/KT190628ETI090001000.php

疑わしきは被告人の利益に―。刑事裁判の鉄則が再審にも適用されることを最高裁は1975年の「白鳥決定」で明確に示した。それを自ら反故(ほご)にするかのような判断は受け入れがたい。
鹿児島で79年に起きた大崎事件の再審請求を棄却する決定を出した。地裁、高裁がいずれも認めた再審開始を最高裁が覆すのは、白鳥決定以降、ほかに例がない。
殺人と死体遺棄で懲役10年が確定し、服役を終えた原口アヤ子さんはこれまで一度も罪を認めていない。今回の再審請求に先立つ第1次の請求でも地裁が再審開始の決定を出したが、検察が抗告し、高裁で退けられていた。
誤判による冤罪(えんざい)は重大な人権侵害である。確定判決が揺らいだと裁判所がいったん判断したなら、ただちに裁判をやり直すのが本来だ。終審である最高裁はとりわけ重い役割を担う。その責務を放棄したと非難されても仕方ない。
事件は、原口さんの義弟にあたる男性が遺体で見つかり、原口さんが親族3人と共謀して殺害したとされた。凶器などの物証はなく、有罪の認定を支えたのは親族の供述や目撃証言だった。
弁護側は今回、事故死の可能性を示す法医学鑑定を提出した。高裁はその信用性を認め、再審開始の根拠とした。これに対し、最高裁は「死因を認定するだけの証明力はない」と述べ、高裁の判断を誤りと断じている。
その考え方に従えば、よほど決定的な無実の証拠を新たに出さない限り、再審が認められないことになりかねない。ほかの事件でも地裁や高裁に再審開始の判断をためらわせないか心配だ。
原口さんは今月で92歳になった。体の衰えが目立ち、最近は声を出すのも難しいという。再審請求は一からやり直しを余儀なくされる。存命中に再審はかなうのか、見通せなくなった。
再審制度は戦前の刑事訴訟法をほぼそのまま引き継いだ。再審請求審が非公開であることを含め、適正な手続きの保障を欠く。三審制の安定や司法の権威を保つことを重く見て、再審に厳格な態度で臨む裁判官も少なくない。静岡の一家殺害事件で死刑が確定した袴田巌さんも、地裁が再審開始を認めながら、高裁で覆された。
かつて再審は「開かずの扉」と言われた。その時代に後戻りすることがあってはならない。疑わしきは―の鉄則をゆるがせにしないために、人権保障を根幹に置く憲法を踏まえて再審制度を改めていく必要がある。