プーチン大統領 歴史をゆがめる危うさ - 朝日新聞 (2020年1月20日)

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1939年8月。ドイツのヒトラーソ連スターリンという2人の独裁者が、密約を結んだ。両国が挟む欧州東部を山分けし、それぞれの勢力圏とする内容だった。それに基づきドイツ軍がポーランドに攻め入り、第2次大戦が始まった。
そのソ連時代の歴史について、ロシアのプーチン大統領が正当化する言動を繰り返している。2024年の退任後も自らの影響力を温存する思惑が絡んでいるとみられている。
開戦80年の昨年、欧州議会では、ナチスドイツとソ連が大戦への道を開いたと指摘する決議が採択された。これに対しプーチン氏は12月、「ソ連ナチスドイツを同一視するのは恥知らず以下だ」と反発した。
ソ連はドイツに続いてポーランド東部に侵攻したが、プーチン氏はその事実さえ「ポーランド政府は既に地域を統制できなくなっていた」と擁護した。
混乱に乗じて周辺国の領土を侵しても構わないと言わんばかりだ。6年前、隣国ウクライナクリミア半島を一方的に併合した振るまいにも通じる主張であり、容認できない。
独ソの密約については、冷戦が終結した89年、ソ連初の自由選挙で選ばれた人民代議員たちが「第三国の主権と独立に反しており、署名した時点で無効だった」とする決議を採択した。プーチン氏も11年前は、「ナチスとの協定は不道徳だった」と語っていた。そうした歩みを忘れた歴史観の退行である。
プーチン氏は個人崇拝や全体主義自体は批判しており、「我々が最初の犠牲者となった」と述べた。だが一方で、周辺国にもたらした甚大な損害に目を向けないのでは、公正な態度とは言えない。自身の正しさを主張して事実から目を背けるのは、先に発覚したスポーツ選手のドーピング問題にも通底する政権の体質といえる。
今年は第2次大戦ソ連がドイツを破って75年を迎える。5月に記念行事を開くプーチン氏は、今月の演説でも、ソ連を非難するような「歴史の改変」を阻む考えを強調した。
ソ連の勝利が欧州解放に貢献したのは事実だ。しかし歴史の全体像をみれば、負の側面も否めない。身勝手な歴史観を言い立てて自らの政治力維持に利用するようでは、近隣国が不安視するのも当然だろう。
日本にとってもひとごとではない。北方領土問題の起源は、スターリンが大戦末期に米英と結んだ密約を根拠に、千島列島を占領したことにさかのぼる。
ロシアは今、その正当性を認めるよう要求している。日本政府は、歴史修正に加担するような交渉は慎まねばならない。