週のはじめに考える 真実見極める目を - 東京新聞(2018年2月25日)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2018022502000138.html
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アウシュビッツ収容所解放から七十三年。老いた生存者らは排外主義の復活を憂えている。真実を見極めデマに惑わされまい。今、必要な教訓でしょう。
ナチスポーランド南部に設置しユダヤ人らを虐殺した収容所がソ連軍によって解放されてから、先月二十七日で七十三年がたちました。区切りのいい節目の年ではないが、跡地の博物館やドイツでは、ホロコーストユダヤ人大虐殺)の犠牲者に対する追悼行事が開かれました。
国際軍事法廷ニュルンベルク裁判などでナチスの犯罪が裁かれ、アウシュビッツは悪の象徴として世界中に知られていますが、その存在は、すんなりと受け入れられてきたわけではありません。
アウシュビッツ巡る裁判
昨年公開された英米合作映画「否定と肯定」は、一九九六年、英国の男性歴史家アービング氏をホロコースト否定論者と批判したユダヤ人女性歴史家リップシュタット氏が、逆に名誉毀損(きそん)で訴えられた実話をもとにしています。
アービング氏は在野の研究者。第二次大戦に関する著書を続々と出版し、ガス室などによるホロコーストを否定、ネオナチらの支持を得ていました。
英国の裁判では、訴えられた側に立証責任がありますが、弁護団はリップシュタット氏に発言させず、ホロコースト生存者にも証言させませんでした。
双方の主張を同じ土俵に乗せるのではなく、アービング氏の虚偽を徹底的に追及する戦術です。
収容所には毒ガス「チクロンB」を投げ入れる穴は存在せず、ガス室はなかった−との主張に対しては、米軍が撮影した収容所の航空写真を証拠に、屋根に円柱状の穴があったと反論した。
アービング氏の日記や講演から「黒人クリケット選手に吐き気がする」などの人種差別的発言や姿勢を暴き出し、ホロコースト否定につながったとも指摘した。
二〇〇〇年に下された判決ではリップシュタット氏が勝訴し、アービング氏の上訴も退けられて確定しました。
ガス室は証拠隠滅を図るナチスによって破壊され遺体は焼却され、ホロコーストの真実の解明には困難も多くありました。
◆ドイツも損なううそ
当初、収容所を解放したソ連の調査でアウシュビッツの犠牲者数は約四百万人とされたが、ポーランドは冷戦後、移送記録などをもとに、確認できた犠牲者は百十万人程度と修正しました。
しかし、南京事件のように死者数を巡る論争はなく、ホロコーストの責任を認め過ちを繰り返すまいと誓うドイツの姿勢は一貫しています。ホロコーストの本質は数ではない、とのコンセンサスが出来上がっているのでしょう。
そんなドイツにも、ホロコーストを否定する女性(89)がいます。本紙ベルリン支局の垣見洋樹記者によると、空襲や戦後の追放などドイツ人の被害を強調します。民衆扇動罪で有罪判決を受けましたが、主張はユーチューブで広がっているそうです。
メルケル独首相はアウシュビッツ解放記念日の声明で「反ユダヤ主義、外国人への反感や憎悪は今再び、日常茶飯事となっている」と警告しました。殺到する難民や欧州で相次いだテロにドイツの寛容も揺らいでいます。
流れに乗り、「ドイツのための選択肢」が連邦議会(下院)で第三党に躍進しました。ベルリンのホロコースト慰霊碑を「恥」と評した幹部を除名しなかった極右的政党が広く受け入れられたことは、ドイツ社会の変質さえ予感させます。
アウシュビッツのうそ」を厳しく戒めてきたドイツをさえむしばむフェイクニュース(偽ニュース)や客観性を重視しないポスト真実は、差別感情や対立をあおりながら世界にまん延しています。
欧州連合(EU)離脱の是非を問うた英国民投票では「EUに巨額の金を支払っている」「移民が社会保障を食い物にしている」などの虚説が唱えられた。
トランプ米大統領は「地球温暖化はでっち上げ」と言い切り、具体的脅威がないのにイスラム圏からの入国を禁じた。
日本のネット上にも、差別や憎悪に満ちた言説が飛び交うようになり、判断材料にされます。
◆英国では後悔も
国民投票で、EU離脱を支持し、「だまされた」と後悔する人も多かったといいます。
来年三月に期限を切られた離脱交渉は容易ではなく、取り決めがまとまらないまま、英国が国際的に孤立し漂流してしまう不安も日に日に強まっています。
今、世界が必要とするのは、もっともらしい主張の虚偽を見抜くこと−アウシュビッツから学ぶべき教訓はまだまだ多いのです。