拓論’20 デモと民主主義 「広場の声」に耳傾けるには - 毎日新聞(2020年1月16日)

https://mainichi.jp/articles/20200116/ddm/005/070/064000c
http://archive.today/2020.01.16-003907/https://mainichi.jp/articles/20200116/ddm/005/070/064000c
世界各地で抗議デモの嵐が吹き荒れている。人々が現状に不満を募らせ、変化を求めている証しだろう。
特定の地域に限定された現象ではない。先進国か途上国かを問わず、デモ隊が掲げている要求も多様だ。
香港の民主派による抗議デモは越年した。南米チリでは昨秋、地下鉄運賃の引き上げを機に国民の怒りが爆発し、国際会議が中止された。
フランスでは年金制度改革反対のストが続く。南米ボリビアの大統領は亡命し、中東のレバノンイラクで首相が辞意表明に追い込まれた。
世界の多くの国々で市民の不満がかつてなく高まっている。共通しているのは、政治不信と将来不安である。極めて憂慮すべき事態だ。

情報革命に伴う混乱も
先進国で学生運動が同時多発的に起きた1968年同様、現代のデモも原動力は若者たちである。様変わりしたのは時代状況だ。
高度経済成長期は遠い過去となり、2008年のリーマン危機が世界経済を直撃した。貧富の格差が拡大し、不平等への怒りが渦巻く。若者は希望を見いだしにくい。
人、物、カネ、サービスが国境を越えて自由に移動するグローバル化時代。地球温暖化金融危機、移民流入などの問題に単一の国家では対応できていない事情も背景にある。
深刻なのは、民主国家において、国民が選挙で自分たちの代表を選び、議会に政治を委ねる仕組みである代議制民主主義に対する信頼を人々が失っていることだ。
ストックホルムに本部を置く国際組織「民主主義・選挙支援国際研究所」によると、世界の民主国家は75年時点では46カ国だった。冷戦終結や途上国の民主化を経て、16年には132カ国に増えたという。
その一方で、各国の平均投票率は90年代以降、7割台から6割台へと低下傾向をたどっている。25歳以下の3人に1人は「投票した経験がない」という調査結果もある。
日本では他国と比べ格差があまり顕在化していないが、決してひとごとではない。シンクタンク「言論NPO」の世論調査では政治家を「代表だと思わない」人が45%を占め、「思う」の41・5%を上回った。
「民主主義の赤字」という言葉がある。もともとは、欧州連合(EU)の政策に加盟国の民意が反映されていないことを批判した表現だ。
いま、欧州だけでなく、世界各国において「民主主義の赤字」に対する異議申し立てがデモの形で火を噴いていると言えるだろう。
見逃せないのは、ツイッターなどのSNS(交流サイト)に代表されるソーシャルメディアが果たす役割だ。個人が情報発信能力を手にし、人々を動員できるようになった。
レバノンでは無料通信アプリへの課税発表がデモの発端だった。デモ隊がSNSを駆使する戦術で、当局と対決姿勢を強めるケースもある。

情報革命は社会の激震を伴う。
近世欧州ではグーテンベルク活版印刷発明で聖書が流布し、聖書を重視するプロテスタントが広まった。しかし、その後、カトリックとの対立抗争が激しさを増し、宗教戦争や「魔女狩り」を招いた。
ソーシャルメディアを巡る世界の現状は印刷革命当時の近世欧州と似ている。いまは情報革命後の過渡期の混乱と言える」。千葉大学の水島治郎教授はそう指摘する。

代議制への信頼回復を
古代ギリシャでは「アゴラ」と呼ばれる広場に市民が集まり、政治討議を交わし、決定を下した。直接民主主義の原点と言われる。現代のデモも民意の直接的な表出である。
だが、民意は一枚岩ではない。うつろいやすく、時に対立を生む。英国のEU離脱では、国民投票によって英社会の分断がむしろ深まった。
人々の不満を後ろ盾にポピュリスト(大衆迎合主義者)や強権的な人物が権力を手にすれば、民主主義の価値観を揺るがす恐れがある。
中東の民主化運動「アラブの春」ではアラブ諸国独裁政権が打倒されたが、その後、市民の声を政治がくみ取れず、混乱を招いた。
「民主主義は最悪の政体と言われる。これまでに試された他の全ての政体を除けば」。チャーチル元英首相は民主制の比較優位を説く一方、市民の役割の重要性を強調した。
ポピュリズムに陥ることなく、市民の発する「広場の声」をいかに政治がすくい上げるか。代議制民主主義への信頼を取り戻す取り組みが私たちに求められている。