https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2019110302000132.html
https://megalodon.jp/2019-1103-0941-11/https://www.tokyo-np.co.jp:443/article/column/hissen/CK2019110302000132.html
下品でいけない、婦人は避けるべきだ、紳士は使わないほうがいい…。明治生まれの国語学者らが、たびたびこの言葉に、苦言を呈している。文の結びの「です」である。現在、品を損なうと感じる人はいないだろう。
もともと江戸の歓楽の場などで使われていた。それが流行し、定着したというのが有力な説らしい。言葉の変化の激しさを物語る来歴だろう。
国文学者の池田弥三郎は昭和三十年代の随筆で、「です」に眉をひそめる年配者がなおいると述べつつ、奇異な用法も<大衆が採用して使ってしまえば…勝てば官軍>と書いた。
その「です」は近ごろ官軍の趣を濃くしている。「ます」とともに、官公庁の文書の文体に望ましいと思う人が、「だ・である」派に大差をつけた。先日発表された文化庁の国語に関する世論調査だ。
言葉の変化をいつも伝える調査は今年も興味深い。「砂をかむよう」は本来の「無味乾燥でつまらない」でなく、「悔しくてたまらない」と解する人のほうが多い。「失望し、ぼんやりする」はずの「憮然(ぶぜん)」も「腹を立てている」と異なる意味に取る人が多数派だ。
受験生の悲哀を歌う高石ともやさんの「受験生ブルース」が思い浮かぶ。<砂をかむよなあじけない僕の話を聞いとくれ>。これも正しく伝わらなくなっているのか。言葉の転変を学びつつ、今年も敗軍の言葉や用法が気にかかる。