週のはじめに考える 投票に行くという重み - 東京新聞(2019年7月21日)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2019072102000172.html
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参院選投票日のきょう、皆さんに紹介したいエピソードがあります。九十一年前、荒波の海を泳いで渡り、投票所に向かった漁師たちの話です。
一九二八(昭和三)年二月に行われた衆議院総選挙にさかのぼります。この選挙は、納税額に関係なく満二十五歳以上の男性全員が投票できるようになってから初めての国政選挙でした。普通選挙、いわゆる「普選」と呼ばれます。
性別に関係なく十八歳以上のすべてが投票できる現在の基準からは、まだまだ遅れているように思えますが、富裕層など一部の男性しか選挙権がなかった当時としては大きな前進でした。

◆荒れる海を裸で泳いで
高知県の沖合、鵜来(うぐる)島に住む男たちも有権者となりました。島が属する幡多郡沖ノ島村の投票日は十五日ですが、鵜来島の漁師たち約五十人はそれに先立つ十三日、「不在投票」のために、村役場のある沖の島に船で向かいました。
しかし、悪天候で波が荒く、上陸することができません。漁師たちは着物を脱いで素っ裸となり、肌を刺す寒さの中、荒れる海を泳ぎ切って全員が無事、投票したそうです。ようやく得た選挙権をいかに大切にしていたかを物語るエピソードです。
この話は本紙を発行する中日新聞社の前身の一つ「新愛知新聞」が二月十六日付(発行は十五日)の夕刊で紹介しています。
一面に掲載された記事には「寒き激浪中を 泳ぎついて投票 高知県沖ノ島の漁民 普選史の第一頁(ページ)を飾る」という見出しが付き、「昨年の県議選挙には同村は約四割の棄権者を出したが今度はこの行為に感動されて棄権者は少ないと思われる」と結んでいます。
漁師たちの行動の影響か、棄権率は県議選の四割から三割四分に減ったと新愛知は報じています。

政権交代の「呼び水」に
投票率の低下をどう防ぐのか、今も昔も悩ましい問題です。
きょう投開票の参院選は、あす未明にも大勢が判明します。
三年に一度、半数が改選される参院選は、首相や政権を選ぶ衆院選とは違い、時の政権に対する中間評価を下す選挙とされます。
今回の場合、二〇一二年の政権復帰以来、六年半以上にわたり政権を維持している安倍晋三首相の政権を、有権者がどう評価するかが問われる選挙でしょう。
近年、参院選では低投票率が続いています。選挙区では一六年の前回は54・7%、一三年の前々回は52・6%でした。有権者の半数近くが棄権したことになります。
衆院選のように政権選択選挙でないことや、有権者の側に、投票しても政治は変わらない、という諦めがあるのかもしれません。
しかし、振り返ると、参院選が日本政治の転機になったことが何度かありました。例えば、第一次内閣当時の安倍首相の退陣につながった〇七年の参院選です。
この選挙では選挙区、比例代表ともに当時の民主党が第一党になり、自民、公明の政権与党が参院で少数派となる「ねじれ国会」となりました。
政権運営が厳しくなった与党は〇九年の衆院選でも敗北し、民主党への政権交代が実現します。
同じように一〇年の参院選では当時政権与党の民主党議席を減らして「ねじれ国会」となり、一二年衆院選での自民党の政権復帰につながります。
政権交代前には必ず参院選での与党敗北があると言っていいでしょう。それほど参院選衆院選に劣らず重要なのです。
一票一票の積み重ねは、政治の行方を大きく左右し、私たちの暮らしにも影響します。
そもそも、すべての国民が、当初から選挙権を手にしていたわけではありませんでした。
明治期の自由民権運動を経て国会が開設されましたが、当初、選挙権があったのは多額の税金を納めた二十五歳以上の男性だけ。その後、普選運動の結果、男性には納税額にかかわらず選挙権が与えられましたが、女性には選挙権がありませんでした。
婦人参政権運動などの結果、二十歳以上のすべての男女が有権者となったのは太平洋戦争後の一九四六(昭和二十一)年です。

◆貴重な権利、苦難の末に
今では十八歳以上のすべての日本国民が手にしている選挙権は、先人たちが長年の運動を通じて勝ち取ってきた大事な権利です。
それは苦難の道のりでもありました。
政府の弾圧にも負けず、まさに命懸けで選挙権を得ようと闘った先人たち、荒海を渡って貴重な権利を行使しようとした漁師たちのことにも思いをはせて、投票所に足を運んでみてください。
今も昔も、その一歩を踏み出す勇気こそが、社会をより良くする原動力となるはずです。