地方政策 弾力的な自治の仕組みを - 信濃毎日新聞(2019年7月20日)

https://www.shinmai.co.jp/news/nagano/20190720/KP190719ETI090007000.php
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今回の選挙で地方政策は主たる争点にはなっていない。
これから人口は減り、高齢化率は高まっていく。影響は医療や介護、教育、産業をはじめ広範囲に及ぶ。暮らしの維持は身近な自治体の取り組みにかかる。
安倍晋三政権は「地方創生」を続ける一方、地方自治制度の再編を視野に入れる。政策と財政の両面から地方を誘導する統制色を強めてもいる。難局に対処し得る弾力性ある自治の仕組みをどう築くのか。道筋は見えない。

<成果乏しい「創生」>

安倍政権が2014年に打ち出した地方創生は(1)東京一極集中の是正(2)若い世代の就労・結婚・子育ての希望実現(3)地域の特性に即した課題解決―を目標とした。
昨年の出生率は1・42で3年続けて減少した。東京圏への転入超過は14万人に上っている。
大学や企業の地方への移転は進まず、就学、就労の機会を求める若い世代の移動が続く。国際競争力強化のため企業はむしろ、地方拠点の縮小を図ってきた。
政府も企業を後押しし、従業員を低賃金で雇い、雇用調整をしやすい労働政策を採ってきた。多くの若者が身分も収入も不安定な環境に置かれ、結婚や子育ての希望をかなえられずにいる。
合理化は自治制度にも持ち込まれている。一帯の市町村の権限と財源を行政主体となる「圏域」に集める。この政府の構想は「選択と集中」の発想による。
公共サービスや公営事業の民間委託、民営化をしきりに迫るのも同じ理由からだろう。国は自治体の自由財源である地方交付税の算定に、民間委託を前提とした経費水準を用い、地方創生の「成果」の有無を反映させている。
先の国会で子どもの貧困対策推進法が改定され、市町村に対策の努力義務が課された。食品ロス削減、いじめ防止、ドメスティックバイオレンス(DV)防止…。国が法律を定め、市町村に計画策定を求める事例が相次ぐ。
大切な問題ではあるものの、計画行政は自治体が地域の現状を把握し、関係機関との連携を密にすることで実効性が担保される。地方版創生戦略の時のように国のひな型に倣ったり、コンサルタント会社に委託したりして急ごしらえする計画は実を結ぶのか。
公務員が不足し行政サービスが行き届かなくなる―との懸念を自治制度再編の理由に挙げながら、地方の負担を増やしている。自治体の自律的な対応を妨げ、住民と地方行政との距離感をますます広げかねない。

<集中より分散型に>

京都大学の研究者らが人工知能(AI)を使い、2万通りのモデルから持続可能な社会シナリオを探ったところ、「都市集中型」より「地方分散型」が望ましいとの結果が出ている。
地域社会では今、人口数百人から数千人の範囲で行政やNPO、産業団体、金融機関が協力し、食文化や観光資源を生かした活性化の成功例が目に留まる。
長野市松本市でも、旧市部と旧町村部で克服すべき課題は異なる。周縁部の人口が減れば、中心地の人口も減少に転じる傾向が見られるようになった。
必要なのは「選択と集中」ではなく、小さな自治の再生と強化ではないだろうか。各地域の活動を市、広域、県、国が補完する重層的な仕組みが求められる。
参院選公約で自民、公明両与党は地方創生の推進を掲げた。情報通信技術やAIを駆使した「イノベーション創出」、産業振興、行政の負担軽減、交通手段や医療の確保などを列挙する。
野党は、立憲民主が自然エネルギー普及による地方経済活性化を主張。国民民主は、旧民主党が導入した地方の自由度が高い「一括交付金」の復活を挙げる。
共産は、地方創生交付金自治体の使い勝手のいい制度に改め、「市町村の大再編に断固反対」と明記した。日本維新の会道州制導入と「地方共有税」創設を訴える。社民は権限と財源の移譲推進を柱の一つに据えた。
各党とも個別課題に言及しているけれど、人口の分散、若者の生活の安定、町村の持続的運営に結び付ける施策体系には遠い。地方の状況を改善するには「拡大・成長」路線を踏襲するのかという社会構想にも踏み込んだ抜本的な議論を避けられない。

<選挙後に転換点が>

安倍政権は、これまでの検証も不十分なまま20年度以降の地方創生継続を決めた。自治制度再編の検討は、首相の諮問機関の地方制度調査会で本格化する。
過疎法も20年度末で期限を迎える。小規模町村を支えてきた制度が「選択と集中」によって改変されることにならないか。
地方政策は選挙後に動きだす。今後の暮らしに直結する問題として、機会あるごとに住民自身の意思を積極的に示したい。